レコーディングでのミュージシャンの自信のなさと自身に対する度量の話し。

ミュージシャン(特にアマチュアに多い)にはよく謙遜してなのか、それが日本人の美徳なのかわかりませんが

「いまの演奏、良かったのか悪かったのか、自信がない。」

「いまの歌、まぁ歌えてるけどピッチが不安定なところが多く、いい歌に思えない。」

「勢いがあるドラムだけど最後少し走って雑な感じになってるのがどうしても嫌でやりなおしたい」

等々でゴネる人がいます(笑)。

 

そんな時周りのメンバーやスタッフは

「いやいや、そこを含めとってもいい演奏だからこれで行こう!これが最高」」って思ってることが圧倒的に多いのですが、その周りの人がいいと言ってるのに耳を傾けないような「人格」がその人の素晴らしい音楽性に傷をつけてる状況にレコーディングでは良く遭遇します。

 

みんながいい演奏だったと気持ちよくなってるのに、ひとり反対するかのように自信がないとか単に演奏の精度がとかで、水を指す。

 

これはレコーディング自体のムードを悪くするし、周りの人間から見ても作品のイメージをとても悪くする行為。

 

なんて勿体無い人なんだろう。。。 

 

ドラムに例えるならば、そのちょっと走るぐらいの前のめりなビート感がとても魅力的で個性になっててカッコいいドラマーがいるとすると(もちろん日頃もっといい演奏が出来るように努力してるドラマーであるとして)、

「うん、少し走ってるけどこれはカッコいいよね!」と、言える人格な人だととっても器が大きなミュージシャンぽくてカッコいい。

 

しかし、

 

「いや、あそこのこの部分が◯◯で。。。」なんて、自分に対しての度量が小さい人だったりするとほんとにその人の音楽までつまらなく思えてきてしまう勿体無さ。

 

ドーンと自信持って構えてるミュージシャンと、自信なさげにチマチマやってるミュージシャン。どっちが素敵ですか?と。

 

たまーにそういう残念なミュージシャンがいるので、注意したほうが自分の為ですよ。

 

人が良いって言ってくれてるのを受け入れて「ダマされる」能力を持ったミュージシャンのほうが音楽もプロジェクトも上手く行ものです。 

 

※スタジオミュージシャン系の現場だとある意味真逆で、周りがいいと言えばそれで万事オーケーという場合が比較的多い。けどもちろんその中でも音楽をちょっとでも良くする為にストイックにテイクを重ねる人がいて、それは現場の性質にもよりますが、ある程度テイクを重ねて「いろんなアプローチを試してくれる人」の方が逆に信頼出来るってのもあります。

 そこの現場での物事の進め方こそ実はプローデューさの度量だったりするわけですが。

一発オーケー当たり前のミュージシャンだけど時間に余裕持ってスケジュールを組んでいるか?とかね。。。 

音楽は走ってるから録音しよう。

 昨日のブログでは

「音楽は走っている」

と、書きました。


それはレコーディングスタジオでの演奏のテンションは常に移ろう、という意味ではありましたが、実はもっと大きなスパンでも走ってると言えます。


例えば、ただのリスナーであった人がなんかのバンドやミュージシャンのyoutubeとかに衝撃を受けてものすごく「うおードラム始めたーい!いますぐドラム買いたい!!」「ギターだ!時代はギター。ギター欲しい!いますぐやりたいーーー!」。て思ったとしますね。いわゆる初期衝動。


これってある意味そのミュージシャン(それをきっかけにその楽器を始めるとしたら)は全速力で走ってる瞬間なわけです。(笑)


パンクバンドとか高校生バンドてのは、この初期衝動的な「佇まい」「様子や雰囲気」がとても大事で素敵だったりするわけですね。


「うわー、演奏はズレズレだしたまに、間違ってるし。。。

けどなんかすげえかっこえええ!」


極端ですが「この、高校生にしか出せないような純粋な感じ。初めて同級生のあの女子とデートするみたいなテンション感。あの初キスの初◯◯◯のドキドキ感」


みたいなものが、パンクや高校生の音楽だけに限らずどの世代やどんな経験のあるミュージシャンにも、人生にはその都度あるはずなんですよ。極端な話し。それはなんのジャンルでも関係なく。


それは、そういうシーンというのはそのミュージシャンが「走ってる」からだと思うんです。


つまり、


よく、レコーディングするにはまだまだ経験が浅いので。。。レコーディングするほど上手くないので。。。


バンド結成したばっかだからもうすこしまとまったら。。。


というのはもったいない!

ってことなんですよ。


実はその未完成で不完全な「走ってる」状態こそレコーディングに残すべき音楽的な一瞬。上手く言えないけど、今はわからないかもしれないけど、何年何十年経った時に「残っててよかったこの写真」「懐かしい」「この時代があったからこそ今の自分の演奏や地位がある」

と、思えるわけだし、それは「そん時しか録音できなかった」尊い音楽なわけです。その下手だけど全力疾走してる様子をレコーディングする経験というのは、死ぬ程財産になるというのだけは言っておきましょう!


だから、録れ!録ろう!録るべきだ!


しかもなるべく同時録音で。

いや、初めてのレコーディングほど同時でやるべきです。

一生に一回しかないチャンスとシーンを濁らせてはいけない。。。


別々に録れば録音のクオリティが上がるかどうかはまったく違う話しであって。(これは蛇足でした(笑))

『走る音楽』。それはレコーディングで捉えるべきモノ。

「走る音楽」

みんなが意外と知らないのは「音楽が走ってる」ということでしょう。特にレコーディングにおいてはそのすぐ走り去る音楽の決定的瞬間を確実に捉える必要があります。つまり同じように演奏していてもテイクを重ねると鮮度が落ちてくる、だから精神が最も乗っていて集中力がある迫真の演奏を確実に録音、作品化しなければならないということですね。


これは昭和の写真の大家土門拳の「走る仏像」という名文より頂戴・インスパイアされた言葉。

以下引用:::::::::::::::::::

仏像は静止している 伽藍は静止している
もちろん境内の風景は静止している と だれしも思うだろう

わたしも長い間そう思っていた

ところが或る日
宇治の平等院へ撮影に行った帰り鳳凰堂に別れを告げようとして振り返ってみたら
茜雲を背にたそがれている鳳凰堂は 静止しているどころか
目くるめく早さで走っているのに気がついた

しばし呆然としたわたしは 思わず「カメラ!」とどなった

すっかり帰るつもりでいた助手たちは
げっそりした顔でカメラの組み立てにかかった
その間にも鳳凰堂は逃げるように どんどん どんどん走ってくる

「早く 早く」とわたしはじだんだ踏んだ
そして棟飾りの鳳凰にピントを合わせるのももどかしく
無我夢中で一枚シャッターを切った

たった一枚

土門拳

引用終わり::::::::::::::::::::::::::::::

 

土門拳は写真の鬼と言われる不世出の芸術家。
彼の仏像写真はホンモノ以上にホンモノであり、今にも動き出しそうなリアリティがあります。

その氏が言うには、止まってるはずの仏像やお寺・伽藍にもさらに決定的瞬間があるということなんです。

知識としてやリスナーの経験として皆さんも音楽には鮮度がある事ということは知ってるかもしれませんが、音楽を実際演奏している者にしかわからない、した事のある者にしかわからない厳密な瞬間というものがあって、レコーディングとはエンジニアやスタッフも一体となり、その瞬間を捉える必要があるのです。

演奏者がベストなタイミングとテンションでその一瞬に達するように、そしてその瞬間を確実に捉え録音し、リスナーとCDを買ってくれるお客さんに届けるのが、レコーディングスタジオの仕事であり、音楽業界に携わる人間の仕事といえませんかね。

ミュージシャンはただ漠然と演奏すればいいわけではない。
エンジニアもただ単にマイクを立てて録音すればいいわけではない。

出来の悪いスタッフが狭いスタジオの中を『走りまわってる』ような非効率の中ではそれを捉える事は無理に近いような気がします。

(もっと広い視点で言うと、バンドが走っているというのもあります。バンドの状況やコンディションやテンションは移ろいやすいという事。状態の良い時期にレコーディングは瞬間的に敢行しなくてはならないんです。で、これがバンドの運営で最も難しい。。。)

 

どの一瞬の鳴りを録音するのか。。。。。。最高の1音を捉える難しさよ。

どの一瞬の鳴りを録音するのか。。。。。。最高の1音を捉える難しさよ。

人生最高の音楽体験は無音だった話し

あれは大阪で芸術を学ぶ苦学生だった1994年10月7日のこと。目の前に神が現れたいや、阿弥陀如来が現れた経験があるのです。

 

山形から大阪という大都会に出てきたならば、まずやってやろうというのはクラシックコンサート巡りであります(笑)

それはアルバイトして稼いだなけなしの3万をぶっこんで観に行ったクラウディオアバド指揮のベルリンフィルハーモニーオーケストラ。

 

曲はマーラーの9番のみ!これが長い!

 

まぁ、それはいいとして

「三万払うのにマーラーかよ。くっそ。マーラー難しいんだよな」

 

というのが第一印象(笑)酷い。

 

場所は日本初の残響3秒を誇る大阪シンフォニーホール。

ここの残響が本当に素晴らしい。ここでベートーベンの方の9番の合唱を歌ったことがありますが、それはそれは素晴らしい経験でした。

 

いや、マーラーの9番ですが、その長い曲の最後の終わり方がいわゆるベートーベンの9番みたいに「ジャジャーン!♬。うおおおぉブラボーー!!!」みたいなのとは正反対で弦楽隊が少しずつ少しづつ小さく消えていくというもので。

 

ベルリンフィルとアバドというと世界最高峰で、それを聴いてるという贅沢感もあり三万も出してんだぞ!というビンボー臭さもあり、非常に集中して音楽を楽しんでたのです。

 

そんな中、マーラーの9番なんてどんな曲かも知らずに聴いてるわけですけど、曲が終わるに従って物凄い緊張感がホール全体に漂ってきました。

超満員で2000人以上はいたでしょうね。

 

旋律がどんどん小さくなってゆく。どんどんどんどん小さくなっていき、最後はなんの音もしなくなる。しかしまだアバドは指揮棒を降ろしていない。楽団員の弓は全て揃い停止してい、満場のお客さんも物音一つ立てず全ての神経がその音楽に注がれている。

 

しかし、まだアバドは指揮棒を降ろしていない。

 

けれど音はしない。

 

まだ、降ろさない。

 

誰も音をたてず息すら止めるように

 

「死を受け入れる」ような静寂。

 

 

そこには確かに、死の瞬間に目の前に現れるという阿弥陀如来が来迎していた。。。

 

音が消えてアバドが指揮棒を降ろすまで何秒あったのかは最早確かめようがない。

けれどそこに最高に美しい「無音という音楽」が神々しく存在してい、そこにいる全ての人間がその無音という「最高の音」に酔いしれていた。

 

マーラーがその譜面に記した

「死にゆくように」。。。

 

死の瞬間は物凄いアドレナリンが出るというか脳内モルヒネみたいのが出るらしく、最高に快感だといいます。

それは、死は怖くないという生物としての知恵というか自然の摂理を受け入れるための仕組み、セックスの快感のようなものでしょう。

 

あきらかにその瞬間、シンフォニーホールにはそのアドレナリンと快感が充満していた、

 

それこそ死にゆくかのように。

 

 

あの時の無音ほど素晴らしい音楽体験は他には人生においてありません。

その後の僕の音楽観に物凄い影響を及ぼしました。

 

指揮棒を降ろした瞬間大嵐のような拍手と声援。

 

しかし、ホールの席を後にする客らは全員脱力したような涙顔で誰も会話をせず、本当に余韻に酔いしれてい、その場にいた全員があの世で一体化したかのような、不思議な空間がそこに現れていました。

 

この経験だけは本当に衝撃的でいまだに忘れられませんよ。。。

 

 

やっぱり三万払った甲斐あったわ。

(違)

 

地下鉄のBGM問題に発し、このことを思い出したのでした。 

 無音という美、これは日本や西洋に関わらず絶対にどこにでも本来あるべき価値観であるはずです。

 

(もっと文才があればもっと美しくこの光景を伝えられたのに。。。泣)

音楽は産業廃棄物以下?

とある回転寿司に来ている。 

席がバックヤードの側なので裏側が見える。ものすごくテキパキと働いているがとてもその動きは雑だ。昨今のAIを搭載した工業ロボットよりはかなり雑。

今朝、産業廃棄物を選別するAIロボットの話しをNHKで見た。素晴らしく美しい動きでゴミの分別をする高性能ロボット。

 

しかし、今目の前で働いている回転寿司屋さんのアルバイトと思しき人間の動きと仕事は。そのゴミ分別ロボットより粗雑で出来上がって来たモノもとても食べ物に見えない。

 

扱ってるのは 食品だよ?

 

その寿司?の扱いに驚きを隠せないのもあるし、 

ひょっとして我々音楽業界の人間もそのように音楽や「人」を扱ってるように思えて、悲しくなる。 安い値段でコキ使い、人が演奏したものを良しとせず素材として扱うのみ。人が人らしく音楽が音楽らしくあるためのレコーディング手法や環境とはとても思えない現状。。。そして機械の都合や尺度で演奏や音楽を改編する。

とてもじゃないけど、丁寧に音楽を料理して お皿に並べてるようには感じられない時がある。

それはその回転台を回る粗雑に盛り付けられた「寿司のような物体」と同じくらい粗雑な音楽が多ような気がしてしょうがなからです。

 

そのロボットが扱うゴミ以下の扱いで作られた寿司のようなモノを行列して喜んで食べてるというなんというかその、人々の感性の退化や安いことが何よりの正義みたいな社会風潮に本当に悲しさが溢れたのでした。。。

 

 音楽くらいは愛情を掛けて作っていきたいもんです。

 

IMG_7276.JPG

一音一音に立ち向かう尊さよ

音楽や音楽業界というのは派手な側面ばかり注目されがちですね。

 

何百万枚売れたとか、〇〇で一位取ったとか、〇〇のツアーでドームだ!とか。そりゃもちろんある意味そういう音楽活動はメインストリームではありましょう。

 

しかし、世の中にはそういう派手さはないものの地道に音楽の美しさ、一音一音の尊さというようなものを追及している人たちや分野があるのはいうまでもありません。

 

ドラムは沢山のパーツから出来ていますが、そのチューニングボルトの精度に命をかけて作っている工場の人なんてのもおられるわけで、そういう人たちに支えられ音楽は成り立っている。

 

今回はものを大切にしろという話ではないけれども、自分を見つめ自分の中から出てくる感情や精神をみつめ、一つの音や音色に命をかけてやっている演奏家やそういう音楽もあるということを、ドラムやポピュラーな音楽をやっている人たち特に若い人たちに知ってもらいたい、というかそういう人もいるというのを「意識してほしい」ですね。無理に聴けとは言わないまでも。

 

歴史が積み重ねてきた音楽文化、ドラムのフレーズやリズムパターン、楽器の仕組みひとつ取っても先人の蓄積を拠り所にしています。

この時代、もう奏法や音色、音の組み合わせや作曲技法•ミックス技法なんてのは出尽くしているとも言えます。

 

けれど、たからこそ音楽の原点に立ち返り音楽をどう表現するか、どういう音色であるべきか、またその音色をどうやったら出せるのか。美しい本来の姿の音楽とはなにかを考ているひとも沢山いますし、また、楽器製作者や音響技術者等にも、いい音やいい録音や再生とは何かを常に考えている人は、少ないかもしれませんが必ず一定数いて、その人たちが音楽の基本的な美学を今や下支えしてるといえるのです。

 

短絡的な情報や意見、派手さばかりでコンビニエンスな安さの音楽業界では音楽はもはや死に体と言えるでしょう。

 

音楽は文化であり芸術。

 

このような最早こっぱずかしくなるのうな忘れられた事実を今一度振り返ってみなくてはならないのではないでしょうか?

 

江戸前さんはご存知のように(笑)怖いだの失敗をゆるさなそうとか、下手くそを相手にしないで怒られそうとか思われてるらしいですが、全くそんなことはございません。

 

むしろ純粋な気持ちで音楽をする人ならば保育園児ですら愛おしく思うのです。

 

ヒットチャートに上がる、フェスに出れるようなバンドや音楽ばかりが音楽ではないと常々思っています。

 

楽器やジャンルや経験値、売れてる売れてないで音楽を考えるほど馬鹿げてることはありません。

 

レコード大賞取るような音楽から、個人の記念品だったりアーカイブだったりするような商業規模の小さい音楽まで、分け隔てなく「どれも正しい音楽」として接していくのが僕の音楽への考え方です。

 

どれも好きで聴きます。

奥嵯峨、落柿舎から常寂光寺方面を望む。誰もいない静かななか歩みつつ考えるのは音楽のことばかりなり、なのでございました。

奥嵯峨、落柿舎から常寂光寺方面を望む。誰もいない静かななか歩みつつ考えるのは音楽のことばかりなり、なのでございました。

間違ったドラムのmix処理のカタログ

いい音ってのを少しづつでもわかっていただくのを最近のテーマにしている江戸前ですが、今日は『音楽性とかmixアプローチとかセンスは色々あるけど、明らかにこれは音を悪くしているだけのドラムの処理』をご紹介していきます。(なんちゅう企画,,,)

標準的にいい音をまず聴いていただいた後に、8パターンのよくないDrumのmixをつなげてみました。まづはどうぞ。

1. 0:00 <プレーンないい音>

2. 0:21 <細くしょぼい音>

3. 0:42 <帯域が狭くなっちゃった音>

4. 1:04 <広がりがなく立体感がない音>

5. 1:25 <マキシマイズしすぎて厚みが無くなった音>

6. 1:46 <アタック成分が出過ぎで不自然な音>

7. 2:08 <アタック成分がなさすぎてノッペリした音>

8. 2:29 <サステインを切りすぎて不自然な音>

9. 2:51 <デジタル的に汚く音声スペックの悪い音>

10. 3:12 (再)プレーンないい音

さぁ1個1個解説していきましょう

1. これはNO EQでドラムのトータルにうっすらコンプを『まとまり感』を出すためだけにかけている音です。(単体にコンプはかけていません) ダイナミックで自然で、広がりもありオーディオ的にも『いい音〜〜〜』って感じだと思いますよ。どうすか??

2. 0:21 <細くしょぼい音> これは大きすぎるレコーディングスタジオで録った音に近いですね(単純に劣化しているだけの音)。とにかく細い、しょぼい。。。mixによってこうなってしまっているときは主に、『抜けを重視したくて』LOWやLOWMIDをカットしたというのが多いんではないでしょうか?しかし!じつは『抜け』というのはそういうことではないんですよ!なんで抜けさすのに細くすんねん!(笑)

3. 0:42 <帯域が狭くなっちゃった音> これもなんでかしりませんが、機材の根本的な品質の問題でしょうか、LOWエンドとHIエンドがなくなっている音。けどHIがないのをなんとかしようとして逆に痛い音になってますね。12kHzあたりをむりやり上げてもその上の帯域が存在しないなら、ただの痛い音でしかありません。こういう音は現代のドラムサウンドのメインストリームとも言える音です。一個前の2もとても多いですけど(笑) もちろん帯域の狭いかっこいい音というアプローチもありますよ。けどそれとは意味が違います。もしわざと古いレコードの音とかの感じを目指すならもっと思い切って帯域を狭くしないと全然ダメです。

4. 1:04 <広がりがなく立体感がない音> これもアプローチとして半端です。近い感じにしたいなら別の方法がありますし、単に各パーツの立体感を消してしまっただけのリアリティーのない打ち込み的な音。

5. 1:25 <マキシマイズしすぎて厚みが無くなった音> 迫力を出したくてとか、ドラムを前に出したくてとか、張り付き感が欲しくて等で、なぜかマキシマイザーをかけすぎた勘違いした音。そういう音にするためにマキシマイザーをかけるのは本当に間違ったアプローチです。ドラムには絶対(笑)。ただ、楽器によっては軽いマキシマイズは『効く』こともありますが。

6. 1:46 <アタック成分が出過ぎで不自然な音> あまりお目にかかりませんがたまにあります。これも抜けさせたいからやってしまうやつです。厚みのあるアレンジでのmix全体のなかで、kickやsnのアタックが欲しい場合にたしかにアッタクだけ上げる処理は重要になりますが、これはもう崩壊しています。しかし本来、アタック成分とは本来mixで作るもものではなく、楽器の選定とチューニングそして叩き方で決まります。

7. 2:08 <アタック成分がなさすぎてノッペリした音> これをわざわざやる人はいないかもしれませんが(笑)、2.と同じく広すぎるレコーディングスタジオで録音したものをいじくりまわすとこういうことになってしまう可能性があります。マイクケーブルを引き回しすぎるとアタックはどんどんなまっていきますし、位相がわるかったりするとこうなりますね。ま、あくまでもこのsample音は『mixで作ってます』が(笑)

8. 2:29 <サステインを切りすぎて不自然な音> これもやりがち。。。。抜けがほしいのですか?分離が欲しいのですか?アッタクですか?そうですか(笑)。こういう音にするなら楽器のチョイスとチューニングやミュートで作ってください。これではドラムの音が『崩壊しています』 ※ま、録音時に戻れなくてどうしてもこういう音が欲しいときはアリではありますが。あともう一点、この音色の短さですとこのグルーヴとリズムパターンに合わない感じがします。もうすこしリリースがあった方が。。。

9. 2:51 <デジタル的に汚く音声スペックの悪い音> もうこれはどうしてこうなるのか的な。。。。。単に機材が悪すぎたりクロックが悪かったり、pluginかけすぎだったり、色々ですが。これはどっからどう見てもいい音とはいえませんね(笑)

ま、Soundcloudのストリーミングでこういう解説してもなんか矛盾すら感じますけど。。。。

10. 3:12 (再) <プレーンないい音> あぁ、ほっとします。ダイナミックで艶もあり、生々しく立体的で抜けもいい。。。。

 

ところで気がついた方もいらっしゃるかもしれませんが、COMPを掛けて作った音は除外しています。COMPを掛けた音で失敗しているのも数多く見かけますよ、そりゃ無限に。しかし、COMPによる音色操作は好みや意図や音楽性、また他とのmixバランスによって正解不正解が非常に主観的なのでこれはダメ!と、決めつけるのは無理があるので除外しました。

で、世の中のDrumの音はさらにもっと悪い場合が多いです。ご紹介した音源、プレーン状態を聴くと分かりますが非常にチューニングがバッチリで叩いている人も非常にうまいです。よく楽器を鳴らしていますし。ほんとに悪い音のほとんどは、このmixのいろんなダメさに加えチューニングも楽器の状態も悪いことがほとんど。

こうしてみますと『いい音』ってどんなモノなのかわかって頂けたかは別にして、『いい音にするのは』難しいということだけはわかっていただけましたかね。。。。。。。

ドラムの音はmixの基準です。このように間違った音にしてしまうと他の楽器は『ドラムに合わせてゆく』ことになるので仕上がったmixは本当にひどくなりますので、注意してくださいね〜〜〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『着崩れない』はいいドラムサウンド

最近、着物の女性を写真に撮らせて頂く機会が多いのですが、まず着物の写真を撮るには「朝の着付けとヘアセット」から始まります。

都内ですと主に銀座界隈の職人さんのところに行ってお願いすることが多いですね。

 

銀座ですと、土地柄日頃夜のお仕事のママのセットをやってらっしゃるわけで仕事にもそりゃ厳しい(当たり前)。食からブランドからなんでも一流な街ですからね。

で、一通り写真撮って夕方になりますと。だいたい会話になるのは。

「やっぱプロの着付けは崩れないわ。全然襟周りや帯周りが朝のままやし」

 

これです。ヘアセットしかり。

 

着物は凛として美しくあるだけではなく、その着ている女性の気持ちいい緊張感を一日中キープさせる役割もある。

だから、着物さんの方から崩れるわけにはいかないのですね。

これこそまさにプロの仕事。

 

ただパッと見で美しいとか表層だけカッコいいというのではそれはプロの仕事ではありません。

包丁一つとっても何年も何十年も研いで使っていけるか?(ここは包丁職人や鍛治師の丁寧な鉄を鍛える仕事にかかっているわけで)

 

木造建築は何百年持つ。現代建築はせいぜい何十年ですよ。なんでよ?(京都東寺五重の塔遠景、1644年の再建の5代目建築 photo by EDo-mae)

木造建築は何百年持つ。現代建築はせいぜい何十年ですよ。なんでよ?(京都東寺五重の塔遠景、1644年の再建の5代目建築 photo by EDo-mae)

 

ドラムにしても長いあいだのパワーショットに耐えられる構造なのか?長い年月で歪まない木材を丁寧に加工してるのか。。。。ギターならネックは長年にわたりまっすぐに安定できるか。。。

(ソニータイマーのように、時間が来ると壊れる設計になってるのは論外です! だからソニーは凋落した)

 

音楽や写真でも何年何十年たっても鑑賞に耐えられるか?いつまでもエバーグリーンでいられるか、です。

 

どうせなんか作るなら長い時間を使ってもらいたいじゃぁないですか?で、そこにはモノへの愛情と丁寧さが必須になってきます。

 

音楽作りってそういうもんです。

 

ちなみに、ドラムレコーディングでいいますと、しっかりレコーディングされたドラムサウンドというのは、

ベース→ギター→キーボード→ボーカル→コーラスetcと音を重ねていくほど何にも処理しなくてもどんどんいい音になっていくんですよ!

 

知らないでしょー?(笑)

 

これは時間が経っても全く崩れてこない一流の着付けや髪結いと一緒なんです。

 

そういうものはプラグインとかでは作れない。

そして化学調味料では作れないというのは、なんとなくみなさんもお判りになるのではないでしょうか。

ま、化学調味料の塊の『日清カップヌードル』みたいなのもありますけどねぇ(笑) これも永遠であります。。。

 

 

音楽における儀式性とはなにか。※ドラムチューニングであったり

音楽というのは、古来神様に捧げるモノだったり偉い人に捧げるモノであったのがルーツだと思います。

 

クラシックだとルーツの一つであるグレゴリオ聖歌は神へのささげもの(教会の長く深い響きに神性を感じていた)であったし、まあゴスペルやレイエム的な鎮魂歌も。日本の音楽だと声明あたりがルーツになりますがつまりそれは簡単にいうとお経なわけです。

お祈り前に線香をくべることもひとつの伝統的儀式と言えましょう。。。photo by EDo-mae

お祈り前に線香をくべることもひとつの伝統的儀式と言えましょう。。。photo by EDo-mae

 

このように敬虔な気持ちになりながら演奏するのが本来の音楽の姿。

 

レコーディングの歴史を振り返って見ても録音というのは「魂を吹き込む作業」でした。

 

例えば、マイク一本で歌もオケも全て録音していた時代があったのです。

それはそれは本当に儀式的というか。

 

一番偉く若く美しい「美空ひばり」さんがマイクに一番近い正面に立ち、音量バランスごとにその後ろに楽器隊を配置して全員で「まるで祷るかのように」録っていた。それはまさに!儀式。

言いかえれば緊張感をレコードに込める作業。(ちなみにその頃のレコーディングエンジニアは白衣を着て科学者のようであったのです。ちなみに科学は神を追い求める行為といいます。)

 

 

芸術には緊張感がつきものです。

 

僕は無くなったおじいちゃんに小さいころ習字を習っておりました。

おじいちゃんは「習字とはまず精神の問題、集中の問題である」と常々叱られました。

何故簡単な墨汁を使わずわざわざ墨を摺るのか?それは、硯に対峙し正座をして静かに墨を摺ることでこれから書く一文字一文字に対して精神を統一するという儀式でもあったわけです。

 

例えば仏壇に先祖代々伝わる過去帳や写経では1文字の間違いも許されません。つまり集中しなくてはならない。

 

現代においてはこの緊張をコントロールする過程が多くの場合見事に省略されています。「便利さやテクノロジーの優位という錯覚」において。

ハードディスクレコーディングしかりデジタルカメラの撮影しかり、間違いはすぐ訂正できますから、余計な緊張はいらない。(ここがアドバンテージでもあるけれど)

 

しかし、音楽の話題に戻ると本来音楽を演奏するというのは、このように常々緊張感を伴うものです。その緊張感があるからこそ美しさやリラックスを表現できるのです。

そう、緊張感を制御してこその芸術としての音楽であるわけです。

 

 

それでは現代の演奏におけるその緊張感のコントロールという儀式とは?

 

一つは演奏前に心を整える事としての「変身」。

つまり化粧であったり舞台衣装に着替えること。

 

演奏前実際そのメイクアップを受けている時間、着物での演奏ならその着付けをしてもらっている時間に演者は精神統一してどんどん集中してゆく。

 

その精神を高めることに集中する為のメイクさんであり着付け師さんであるわけでしょう。

 

特にメイクや着付けは専門的になればなるほど非常に難しいモノです。

だからプロフェッショナルに頼むのです。

着物を着る演奏家が本場前にどうしても自分で着付けなくてはならない場合、どんなに日頃着物を着慣れていてもかなり焦るそうです。何度も帯を巻き直したり。。。

それでは演奏に集中できるわけがありません。

 

普段やってることでもガチの本番前には専門家に頼むことの意味とはまさにそういうことだと思いませんか?

また、専門家や職人の仕事や所作は美しくそれ自体が儀式性すら感じさせるもの。。。

例えば一流のドラムチューナーの仕事。無駄ない動きで即座に求められる音をしあげていく。セッティングも美しく。。。。

 

レコーディングエンジニアの仕事とて一緒なのです。

例えエロい下ネタをダベりながらであっても。(そのダベりがミュージシャンのリラックスを誘うというのも当然計算済みであるわけですし)。

 

チューナーのson4さんがこないだ言ってました。ドラマー自身はチューニングが出来るにこしたことはないし、いや出来るべきであるが、大切な時こそは専門家に頼むべきだ、という趣旨の事を。

ドラマーは着物の柄や帯の色合いの好みをそのつど持つべきです、絶対。しかしそこをチューナーに丸投げしてはならない。だから本人もチューニングが出来てそれを理解してるのは最低限のベスト。

けど実際の着付けたるチューニングは大事なレコーディング前や本番前こそ専門家に委ねる。

それが演奏者の精神統一の仕方であり一種の儀式とは言えませんか?

 

それはレコーディングエンジニアの仕事しかりかと思います。

 

そういうことを考えて常に僕は仕事してますね。

おっぱいの話ししてるうちにでも美しく音が出来上がってるのがドラムチューナーさんやギターテックさんであり、レコーディングエンジニアなのです。

 

あとは演奏するだけ!!

それがいかに素晴らしいことであるか。。。。。。

 

 

ちなみに化粧が濃くて有名な僕の師匠は言ってましたね。

台風かなんかで次の公演地に遅れる。しかしどんだけ遅れようと、しっかり「変身」しなくてはならない。

けれどどんなに焦った気持ちや不安な気持ちでもその「変身」することにより精神を統一することが出来る。

 

これはこの「格好」で良かったことの一つであると。

 

 

演奏前の全ての流れは精神統一をするための儀式である、そう捉えると良いかと思います。

それは全て音楽そのものの為、演奏する自分の為です。

 

一刀三拝。仏像を掘るさい一刻みするごとに三度礼拝すること。。。そこまでは言いませんけれど。

一音一音を大切に、音楽に向き合うこと。。。。。

 

そういう特別感がないのが音楽を面白くなくさせている最大の理由のような気がします。

手軽すぎるのです。それはリスナーの聴き方のスタイルもでしょうけど。

 

晴れの日に着付けをプロに頼むのも一緒。大切な日にいかに美しい自分であるか。。。

そりゃ逃げられたら全て台無しですけどね(笑)

 

本来のプロフェッショナルはどんな状況や要求からも逃げないものだと思います。

 

今年一年も江戸前ではそういうことを緊張感をもって念頭に置き、レコーディングを頑張っていきたいです!

モノを大事にすることは、人を大事にすること、音楽を大事にすること。

 本年の、最終ブログ。

 

モノを大事にすることは、人を大事にすること、音楽を大事にすること。

 

今年もいよいよ最終日になりました。ほんとに色々、様々あった一年。

 

江戸前では、年初めには古典琵琶楽を現代最先端のドラムやリズムアプローチと融合させたYUIKO MIZUSHIMA AND THE BIWA INSTITUTIONの「BIWA AND LIPS」をリリース。また神田リョウとTRIPによるループ集もリリースさせて頂きました。どちらもとても高い音楽的評価を頂きました。(ループ集については来年早々アプリの発売を予定しています)

 

最近は江戸前のツイッターはドラムや音楽よりも写真の内容が多いのですが(笑)、音楽も写真も全く同じ性質のモノだと感じています。

また、カメラやレンズは楽器そのものと言えます。

 

特にレンズは楽器と同じように、写りつまりサウンドの流行りはあろうと100年使えます。実際僕も父親から譲り受けた50年モノのレンズを今もメインで大切に使っています。

また、江戸前には100才に近いスネアもあります。

 

その何十年も100年も大事に受け継がれる「モノ」。そこにとても深い魅力を僕は感じます。大切に設計され製造され使用され、親から子供へミュージシャンからミュージシャンへ受け継がれてゆく楽器。(もちろんカメラやレンズも)

 

江戸前で大切にお預かりしているとあるドラムセットは、今や一流のドラマーになった彼の幼少の頃に父親が誰かから大切に譲りうけたビンテージで、その父親が愛情を込めてメンテナンスして息子に与えたモノ。

それはそれはとてもいい音がします。また、彼自身もその父親や周りの人から「精神や美学」を受け継ぎ、楽器や音色を大切にし、なによりも音楽を受け継いでいます。父親からや偉大なミュージシャン達からや。

 

最近特に思うのは、人を大切にすることは音楽を大切にすることそのものだなってこと。(楽器や道具、カメラやレンズも含めて、もちろん)。

 

肉親や友人には値段をつけられません。死んだら代わりはないので。つまり人を大切に出来る人は大は小を兼ねるではないけれども、モノやそして音楽を大切に出来る人。

 

逆にいうと楽器や道具やモノすら大切にできない人は、人を大切にすることなど難しすぎるのではないかな?と、思うのです。

 

(つまり音楽を大切にすることなどもっと無理。だって漠然とした事象だから。だからズレた演奏や少し間違った演奏を許すことができず、残さない。修正する。。。それは素晴らしい演奏だったかもしれないのに)

 

 

人はAIではないので、誰かに大切にされればそれを感じることができ、感謝できる。

そして人は大切にされた楽器やレンズから奏でられた音楽や写真、絵画、演劇など芸術に感動することが出来るのだと思います。たとえ負けて悔しいとは言え、一流のスポーツ選手に感動できることも一緒。(蛇足だけど、昨今貴乃花がもっとも大切にしようとしてるのはコレではないでしょうか?)

 

最近、アップルが旧製品の電池の劣化への対処とかこつけて買い換えを促進するかのような、iPhoneの動作速度を低下させるプログラムをosに仕込んだと大問題になりました。

これぞ、デジタルツール時代の「モノを全く大切にしない精神」の現れではないでしょうか?

確かに僕も買い換えで引き取られていく古いiPhoneに全く感情を抱かなかった経験はありますが(笑)

iPhoneを発明した天国のスティーブジョブズは芸術家でしたので、悲しんでいるのではないでしょうかね。。。。。

 

ま、前述したとおりiPhoneにモノとしての愛着はあまり感じないにしても(笑)、モノを大切にすることは音楽を大切にすることであるし、その人はきっと人を大切にする人だと思います。

 

人と人の関係にも楽器と同じで「今はこの音は好みじゃないや」、ってバイオリズムはあるでしょう。

しかし、よっぽど金ない!(笑)とかじゃない限り僕は楽器を手放すことはしません。また、闇雲に買うこともしない。

 

だって、出会った楽器をまずは大切にしたいから。

 

それは、人でももちろん一緒なのです。

出会った人、大切な時間を過ごした人、大切な音楽を一緒に奏でた人、スタジオのお客さんや写真に写ってくれた人や関わる人•楽器やカメラやレンズ、そして音楽をずうっと大切にしていきたい。いまは少し使わなくなってしまってあるとしても。。。

 

そうして大切にされ受け継がれたモノや音楽は、そして僕やあなたが大切にしている「人」は、

 

将来、

 

父親が子供の頃に撮ってくれたピンぼけかもしれない、アルバムに雑に整理されたような、かけがえのない一枚の写真のような愛おしい存在になるでしょう。。。

 

 

音楽ってそういうものであるべきでしょう???

  

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今年の始めのご挨拶にも掲げた奈良の聖林寺の十一面観音立像をモチーフにしたYUIKO MIZUSHIMA AND THE BIWA INSTITUTION のイメージ写真。

自分が撮った写真なのに年越しには拝みたくなる。(笑) 

土門拳のその十一面観音立像の有名な写真へのオマージュでもあります。 

 スネアはTOSHI NAGAIモデル。powerd by 株式会社パール楽器製造。着付けは森町章子さん。メイクは鈴木俊一さんです。

ドラムレコーディングにおける『位相』とは。。。。。。。

位相のズレは画像のブレと一緒。ズレているからダメというのではない。。。さて初詣はどこに行こうかなぁ。。。。。。。

位相のズレは画像のブレと一緒。ズレているからダメというのではない。。。さて初詣はどこに行こうかなぁ。。。。。。。

もう年の瀬。。。。。スタジオにおけるドラムレコーディングの『位相』について質問を受けましたので、細かく話を書いてみようと思います。

位相とはなにか。本来の単語の意味でいうとプラス・マイナスで形成される『物理波形』が『任意の瞬間どの数値を指しているか』ということです。


ベースギターの最低音のEは41Hz。つまり1秒間に弦が41回振動しているのですが、プラスとマイナスを1秒間に41回行き来してるわけです。振り幅が10と仮定したら1秒間の間に+10にある時もあれば-10の時もあるし、3や0や−7のときもあります。その今の瞬間幾つを指しているのかがいわば位相です。
それを波形に示すと重なっていたり平行にずれている見た目になるわけです。

位相がずれるというのは、マイクを二本を立てた時それぞれが指している数値がふさわしくない関係であるということです。mixはマイクの音をmixつまり加算することなので、ある音に対して一方のマイクが+10なのにもう一方のマイクがその瞬間-7であると音は3になってしまいます。つまり正しい音とはいいにくい状況ですね。

ただドラムレコーディングにおいて全てのマイク間の位相を完璧にすることは不可能です。クラスの全員がそれぞれ全員とまったく同じように良好に仲が良い状態なんてあり得ないのと一緒ですね(笑)

まずドラムレコーディングで位相を考える時『モノラル音像としての位相関係』『ステレオ音像としての位相関係』『単体の音としての位相(関係という文字はつかない)』この三つを切り離して考える必要があります。

まず『モノラル』のそれ。ドラムの場合主にキックとスネアの関係です。
キックの2本のマイクをミックスしたときに不自然に痩せたりしないか、キックとスネアそれぞれ両方の音を出した時に音色と音像(太さや実体感)が問題ないか。

そして『ステレオ』のそれ。タムのLRのパンニングが希望どうりの位置にあり音量もどれかがひっこんでいたり左右に極端に滲んで聞こえないか。
しかしタムは左右に程よく滲んでいるのが理想です。『点から』音が出ているわけではないですからね。左右に少し広がって位置しているのが理想です。(ドラム音源やエレドラのもっとも嘘くさいのはココです)その広がり感はtopのマイクをONにしたときに程よくなるようにしましょう。
タムのどれかの音像がおかしいなら、そのタムだけtopへの被り方のバランスが変であるということです。LRのtopマイクからみたらどのタムからの被りもほぼ一定であるのがいいといえます。

また、topマイクにはタム類のLOWをあまり入れないようにするのがコツです。
※ヒント : topマイクはシンバルだけを狙っているわけではなく、そのほかの太鼓類の『艶成分』を担っているのです。(重要)

topマイクは直接的にタムを狙わない位置に立っていれば『充分』であるということなんですよ。なぜならONにも立てているでしょう?。

それと最後の『単体位相』。ドラムレコーディングにおいてキックは正位相でそれ以外は逆位相です。キックだけ反打面側にマイクがありますので音の出だしの瞬間にマイクが+に振れるのです。他は打面に向けますから-から始まります。
ぶっちゃけキック以外も+なら理想かもしれませんが、低域を担うキック以外ではほとんど関係ないと言えます。(ホントはあるんだけどwww)

位相のズレは低域ほど顕著ですし音像に対しての影響も大きい。バスドラは『ドンドン!』と『グイグイ響いてくる』のが理想ですが、バスドラだけを逆位相で出して聞いてみてください。気持ち悪いですよ。一瞬引っ込みますからね。音の迫力的なモノが引っ込んで聞こえるはずです。

それと逆位相のバスドラはベースとのアンサンブルも壊しかねません。ベースがグイグイきて『プッシュ感』を出しているのに、同じ音域にいるバスドラのアタックが逆位相で打ち消しにかかってくるとどうなりますか???『ドーンパンドーンパン』のドーンに『圧』がなくなってしまいますよね〜〜〜!
(この問題は一番難しい話です、だってベースが正位相で出ている保障がないからwwwwwwここを書き出すと終わらない)

なので、まずはこの3つの位相について理解するように心がけてください。

具体的なアドバイスとしては、topマイクをオンにしたときに全ての太鼓が痩せないということが最重要です。そのtopマイクを立てるべき場所はどこなのか、それはドラマーによってセッティングが全部ちがうので、正解は全部違います。経験でしかわかりません。


ただ一つ具体的なアドバイスはというと、
『topマイクに太鼓を入れすぎないように』

これしかありませんよ!

レコーディングを成功させるための極意 <第一楽章>

一般的なレコーディングにおいて最も大切なのは、楽器 (主にドラム) の選び方。なんですよ!

これがレコーディングの1丁目1番地!

(※江戸前では楽器が多すぎて下手したら選ぶだけで1時間くらいかかりますwwwwww)

ドラムを選ぶ際、
単に叩いていて気持ちのいい音だ、気持ちのいい倍音だ、とか、ショットの跳ね返りの感触とか『叩いてます。俺!感』がいいだとかドラマーの立場では色々観点や好みがあるでしょう。

まず、物理的な話をしますと、ドラムに限らず楽器というものは全て基音と倍音で構成されています。フォルマント構成 (倍音がどういう風なバランスで出ているか) とエンベローブ(音が発せられてから消えるまでの音のフォルマント構成のその経過)が違うだけなんですね。

しかしドラムサウンドの場合、特に倍音が「どう出ているのか」または「出ていないのか」というのは、命であります。
何故なら音楽の構造上レコーディングの作業上、ドラムサウンドが基盤になってその上にいわゆるウワモノが乗ってくるから。つまりドラムの倍音はいい意味でも悪い意味でも他の楽器にマスキングされて(消されて)ゆく。また他の楽器の音に対しても逆にマスクを施す場合もあります。

つまり、ドラムの音がどう聴こえるのか、また、他の楽器がどう聴こえるのか?がお互いの楽器同士で大きく作用し合うのです。しかもドラムの音の場合、『マスキングする・マスキングされる』のイメージがしにくいし、非常にあいまいな感じがするかもしれません。なぜなら持続音が基本的にないからですね。(シンバルは持続音的ではありますが、シンバルの持続音としてのaudio的作用については非常に難しいのでまた今度)

ドラムレコーディングで難しいところはまさにここなんですyo!。

ドラムのレコーディングの時点で全てのウワモノが乗ってる事はいまや稀です。せいぜいベースとギターのみを同時にレコーディングというのが最近は多い。
じつは、素晴らしいドラムサウンドというのは、ウワモノが乗って来た時にその真価が発揮されるんです。

ドラムに乗っかる美女

ドラムに乗っかる美女

楽器の選定とチューニングが成功した「レコーディングされたドラム」というのは、上に楽器が重なってくればくるほど素晴らしい音に変貌していきます。まるで上質のメイクを施してゆくかのやうに。。。(ミックスバランスとかの問題ではなく本質に於いて。)

なので余程サウンドに熟達したひとでない限り、ドラムだけで録音を始めるというのは設計が終わってないのに基礎を打つようなものなんですね。
しっかり最後の仕上がりを見据えて、ほかの楽器が入って来たときにドラムが・全体がどう聴こえるのか、聴こえて欲しいのか?をしっかり考えて楽器を選び、音を決めなくてはいけないのです。

例えば、キックの程良い『ボワーン』という成分。ドラム単体だと目立つし邪魔に思うかもしれない。しかしその一見無駄にみえるその『ボワーン』と言う部分が、ほかの楽器と重なったときに一体感であったり存在感であったり、お互いを補完する成分であったり、とても有機的で有用な『大事な音』となる。加えキックにしろスネアにしろどのぐらい音が伸びているかでグルーヴや演奏が変わってすらきますよね!

このように経験や美的センスに長けたひとでない限り、ドラム単体で音決めをしてドラム単体でレコーディングを開始してしまうのは、実はかなり危険なんです。危険というかせっかくなのに勿体ないというか。。。

せめて夫婦であるベースとは一緒に、少なくとも必ず、せっかくだし一緒にレコーディングするのが本来の音楽から見ても正しいですし。美しいですし成功の近道ですよ!

さもなくばなかなか正しい、いやふさわしいスネアサウンドを決める事は出来ないし、キックのミュート具合すら決めかねる、そのくらいドラムサウンドは難しいんです。ピッチがとか、そういう簡単なものじゃぁないんですね。

もはやマイクとかプラグインとか機材とかそれ以前の、ドラムにおける『まず、コイツ(このドラム)は人格的にどうなのか?』
というような本質的な部分で楽器を判断し、選んであげることが大事ですし、ドラムや音楽への愛というやつなんです。


つまり、結局これだけは言えます!
そういう事は江戸前さんに是非相談するべきなのです!。
ドラムを録るならば、キメたいならば。
さすれば経験に裏付けられたドラムオタクすぎるベーシストなエンジニアさんならではの(ry

最後はと言うか、いつもの通り我田引水的なBLOGなのであったwwwwww
(笑)


(ドラムだけでなく、全ての楽器に言える事であるけれど)

お正月特別新年お祝いレコーディングパックやります。ツイッターで見たBLOGをみた!限定。 日頃10h 86400円(税込)のところ、10h 55000円(税込)に致します。2018年 1/1.2.3の三が日限定です!しかも乾杯エビスビール付き!(ほんと) でご連絡下さい

いそげ〜〜〜〜

 

ドラムレコーディング(その他)なら江戸前スタジオ!
お問い合わせ ブッキングはお気軽に!
どんな簡単な些細な事でもお問い合わせお待ちしております。
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メール em0510gs@gmail.com     LINE : em0510gs

レコーディングを成功させるための極意 <序章>

レコーディングは楽しく笑顔が基本です。

レコーディングは楽しく笑顔が基本です。

(主に『レコーディングスタジオで』)レコーディングを行うにあたりもっとも大切な事とはなんでしょうか?


勿論エフェクターやプラグインなどではありません。最も大事なのは『計画性』です。
音楽を『録音する』ということは、『気持ち』や『精神』『テンション』を記録することに他なりません。
最も『感情』『心』が乗った演奏をレコーディングするべきと言えましょう。

その為には実際その瞬間に最もベストなコンデションに身心ともに持って行かなくては行けません。
ソレが結局は計画性なのです。

『X-JAPAN』さんほど金があるなら別ですが。

なにを大げさな!と思う方いらっしゃるかもしれませんが、今音楽が面白くなくなってる理由の一つがまさにソレだとおもいませんか?
『あとで編集で後で何とでもなる』『プラグインでなんとかする』『ギター?家で一人でじっくり細かくやるわ』云々。。。
リラックス感や編集による構築性の大事な音楽ももちろんありますが、『ロックだぜ』『体制なんてくそくらえ』『オッパイ最高』とか言ってる(?)人、そんなの音楽やる上でやっていることのスケールが小さくないですか?

バンドがそんなにヤワなのバレたら糞ダッサくないでしょうか?

真にクオリティーを求めてレコーディングするなら、もちろん『予算』や『時間』との戦いになるのは言うまでもありません。BESTはそれらと『戦わない』ことですけど(笑)
つまり、その為にはいざレコーディングスタジオで演奏する瞬間に『完全に準備ができている』状態にしなくてはいけません。
その点あらゆるスポーツに似ているかもしれませんね。

しかし!ドーピングは出場停止処分ですよ!


その『準備が出来ている状態』にする為に、リハやプリプロだったりで何をするべきか?なども変わってくるはずなのです。
自分たちの演奏のどういう部分が弱くどういった練習が必要なのか?アレンジ上不備は無いか?普段はギターは一本だが、レコーディングではどのようにギターのアレンジを振り分けて重ねるのか?ソレ以前にどんなコンセプトでどんなサウンドにしたいのか?
音質も分離がいいHI-FIなサウンドにしたいのか?ガレージ感やラフ感溢れるリアルな血がたぎるサウンドにしたいのか?

等々。準備し計画し・イメージしなくてはいけないことは沢山ありますよん!

後は当日の進め方。音楽的なベストを追求する為に演奏はドラムだけから始めるのか?ギターまで全部1発でやるのか?
どのタイミングで歌録りをすると効率的でボーカリストのコンディションが保てるか?音のクオリティーのリスクを孕んでもドラムのチューニングは自分でやるべきなのか?
(演奏前に試行錯誤して疲れてしまってもいいものなのか?)
アンプのセッティングの変更の関係も加味して、どの曲順でレコーディングを進めるべきか?
などなど考えておかねばならない事はいくらでもあります。

それと長期的にみてもBANDの『脂乗り』や『旬』『テンション』をどう維持していくか?その為に適切な日程を組んでるのか?勿論予算は間に合うのか?プレスや印刷物やプロモのスケジューリングに余裕はあるのか?レコ発ライブまでに頭をきりかえてライブ用のリハ日程も取れるのか?とかなんとかかんとかなんやらかんや ら。。。。。

アマチュアやインディーズのアーティスト、バンドの多くの皆さんはソレが出来ていない場合があります。

『よっしゃsーレコーディングダァ うおおおおおおおおおお』ってなってる。


で、計画性が半端なので予算も足りなくなる、結果クオリティーの安いスタジオを使わざるを得ない、時間も足りなくなる、作品の質が落ちる、結果バンドのモチベーションが低下、そして在庫の山。最終結果は解散。。。。。。。

良く聞く話ですよ。。。。。。…………..

そうならない為にも、まずは江戸前レコーディングスに気軽にご相談ください。
レコーディング以前にどう準備すべきか?どういうサウンドにしたいからどうレコーディングすべきか?
ありとあらゆる事についてご相談承りますヨぃ!

しかも話を進めて計画をしっかり立てる事により、レコーディング対する期待やテンションもボルテージもぐいぐい上がること請け合いw

結果安く済みます。最終的に『結果が出ます』(笑)

問題は機材やマイキング、ましてやプラグインではないんです。。。。。

 

4時間パック¥30,000(税込) やってます。

※通常¥34,560(税込)のところ。

4時間あればDRUMだけなら3曲、BAND全体でも1曲は録れます!

(settingと音決めに約1時間として)
 

 

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いい音のドラムを紹介するはずが、いい歌いい音楽を紹介するぞ。

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某案件の参考という訳ではないんだけど、最近よく聴いてる作品。
死ぬ程ジャケがダサくて、ジャケ買いとか絶対しないレベルなんだけれども。(笑)



20年以上前のk.d.lang。the 90年代サウンド。※女性アーティスト

とにかくドラムのサウンドが普遍的で素晴らしい。楽器のチョイスもチューニングもエンジニアリングも演奏も全てが力が抜けてて全く気合いを感じないリラックスしたサウンド。
もはやドラマーが誰とかミックスは誰とかどうでもいいレベル。
すんなり音楽そのものに引き寄せるオトナな一枚。。。



20年経っていても全く色あせない本当のいい音。。。。

しかし俺、中性的な声が好きなんだよな(ーー;)

ちなみにk.d.langといえば不朽の名作は

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Hymns of the 49th Parallel

ドラムは入って、ませ、いや入ってたかも。そのくらい素晴らしい上質なアルバム。棺桶、いや葬送でかけてほしいCD。とにかく歌が本当に素晴らしい。あと録音もあの吉野金次さんもサンレコのレヴューで絶賛した高品位レコーディング。レコーディングスタジオでの生演奏の息吹が、深く、感じられます。

冬の夜長にぴったり。

ちなみに彼女はバンクーバー冬季オリンピックの開会式でこのCDのアレンジで、レナードコーエンのハレルヤを歌っています。これがまた本当に鳥肌の立つ素晴らしい歌唱。。。。。。。。ちょっと力士ぽいけど。。。(笑)

スタジオテイクよりいいかも知れない。

いい音楽にはもはやドラムが入ってる入ってない、そんなことは本当にどうでもいいんですよ。

『スネアの "ピッチ" って何?!』からのレコーディングの深みを知る。。。

ドラムのチューニング、とりわけスネアのチューニングにおいては『ピッチ』という言葉には二つの意味があります。おもに皆が使うピッチと言うのは『音のシェイプ』でしょう。つまりピッチを高くと言う場合、『ドスっ』を『カン』に、との音の印象、音のボディ感を指していることが多くはないでしょうか。
そしてもう一つのピッチとは『カーン』とか『ポーン』と持続する音色そのものの『音程』。
これが意外と雑に扱われている『ピッチ』なんです。

これは、音程なのであるから『合ってなくてはならない』という側面があります。歌手の音程と同じなんです。

例えば一つのスネアをショットすると沢山の倍音が出ます。
その倍音同士がどういう音程関係になってるかが一つ。気持ちよい和音感で聞こえていなければならない時もあれば、あえてずらして暴れを演出するチューニングもあります。

しかし、比較的シンプルな倍音構成でチューニングした場合、topに来る音程と言うのは非常に重要になるのですね。それは、その音が常にピアノの高い鍵盤を連打してるような音の役割を担うから。
他の楽器のコード進行的なモノとの相互関係。
ゆってみれば『通奏高音』です。
コード感をそのtopの倍音の音程が支配してしまう時があるんです。

しかし、ドラマーはこの役割に気がつかず、ひたすら自分自身が個人的に気持ちのいい『カーーーン』を目指す。そこが落とし穴で、ドラマー自身には非常に漠然とした『鳴りだけ』『響き』だけの『カーーーン』でしかないことが多いです。ひたすら自分が気持ちよければいいと思ってる節があります。

なぜなら、ドラマーの耳の位置は爆音なので、意外と回りのアンサンブルが奏でているコード感、音程感と比較して自らの『カーーン』を判定する事が出来ていないようです。

果たしてそのtopの音程について曲のkeyに対してどの音程でチョイスするのか?は、曲調やセンス、用いるスネアの違いによって変わってくる。1度?3度?5度?短7度?
しかし一つ言えるのはジャストであればいいという訳ではないと言う事なんです。
(じゃあ例えば半音で転調する曲はどうすればいいのか?そもそも一曲ごとスネアを替えられないLIVEはどうなの?って話は難しすぎるので割愛)

歌謡曲や演歌の歌手はロングトーンの音程の取り方をわざと低く取ったり高く取ったりする。ソレが個性になっている歌手も少なくないですよね。前川清さんの高めとかとても好きですよ!www

スネアのピッチにも似たような事がいえるんです。曲や選ぶ音程によって高めがいいとか低めがいいとかがあるんですよ。(ピアノの調律において低い音域はさらにやや低めに、高い音域はやや高めに、なんてやってるのもヒントになるかもしれないです。)
ソレは勿論叩き方でもコントロール出来ている次元のドラマーもいますよ。山木さんとか。

しかもライブではそれほど気にならないのがレコーディングだとやたら気になったりします。そのビミョーーーーな音程の高い低いが。ほんの数セントの違いが死ぬほど気持ち悪く感じるので、レコーディングではそこを最も気にしています。

それとその音程の濁り。スネアのチューニングは複数のボルトのテンションで決めますが、その各テンション位置での張り具合がそのまま、合唱団の『一人一人』みたいな役割を果たすので、どっかのボルトのテンションが微妙に高かったり低かったりすると、それはそのまま音程の濁りになります。もちろんボルト毎に全く違うテンション(音程)にすることもありましょうが。

ここが甘いドラマーさんがとっても多いですね。経験的に。それはやはりドラマーは耳元で爆音で聴いてるからだと思います。

ここでひとつ世界的1流ドラマーのちょっとだけ惜しくもったいない例を紹介しましょう。
シェイプと言う意味のピッチ感やサウンドは最高なんですが、音程的に『ちょっとだけぶらさがっていて気持ち悪い』スネアの例。曲頭は比較的合ってますが最後の方はかなりぶら下がっていて気持ち悪いです。

 

ね、曲頭ですでに微妙に低いですし、ケツの方さらに低くないですか?しかも濁ってます。

『しかし!!!!!!』

頭は合ってるのにケツの方ではスネアが下がっちゃっている。

それこそが『この「曲は1発録りなんだ!!!』というリアリティーを感じさせる」わけです。

レコーディング作品としてはこちらの方がスネアの音程なんて些細と言えるほど大事。マヌカチェ本人が気づいてないわけはないと思うので、演奏の良さを重視したんだなーって聴き方ができます。そう考えると楽しくないですか? 音楽の深みの一つと言えませんか?こういうのが。。。。

それが結局、レコーディングスタジオにおけるマジック、レコーディング芸術の醍醐味なんですよね。何事も『音楽第一』であるべきと思います。

これが、『単に分離が、とか、いい音が』とかだけを目指すのにはとどまらないレコーディングの面白いとこです。

素晴らしいドラマー、打楽器奏者いや、ミュージシャンとは、

今日はレコーディングとかスタジオではない話。

先日某ライブにお邪魔しました。ウチにお客様で来ていただいてその演奏とトーンに非常に感銘を受けたので早速観に行ってみました。
即興演奏形式で話しによるとリハもなく、その瞬間がまさに初顔合わせで初演奏だったそうだ。

そのミュージシャンの方は即興的セッションに長けてる方だとは思うが、まず、当たり前に演奏が素晴らしい。しかし、だいたいのミュージシャンてのは間違いなく演奏は素晴らしいはず。
しかし、さらに一段二段素晴らしく感じるその差はいったいなんなのだろう?どんなに素晴らしくとも普通一緒に演奏してみたいなどとはめったに思わないのだけれど、その時は一緒に演奏してみたいなー、と純粋に思ったのですよー。

今まで何人かのそのようなミュージシャンと出会い、幸いにも実際一緒に演奏する機会に沢山恵まれてはいるけれど、特にドラム等の打楽器奏者全般に言える大事な演奏のポイントは、僕は「顔」なのだと思っています。
まずその演奏の楽しさや真剣味や、共演者お客様に対する気持ちが全て顔と表情に出てるかどうか。。。特に打楽器奏者はその楽器の特性上譜面に食らいついている必要性もないし、常に指板を睨んでる必要性も少ないので、その視線や表情や身体全体で音楽そのものと楽しさを人一倍アピールすることが出来ますよね。
つまり、楽しさやグルーヴの表現を表情で倍増させる事が出来るという事。

即興演奏の場合は特に、ミュージシャン同志の呼吸やお互い何を考えどんな音を出しているのか?というのを深く理解することが非常に大切になってくると思いますが、その人は常に共演者を見ている。探っている。演奏してて楽しいんだぞー!ってアピールを全身でしている。へたな共演者だと気遅れするほどじゃないでしょうか。
しかし、それは音楽をこころの底から楽しみ、真剣に音楽と共演者に向かいあってる証拠なんだ。
演奏が仕事で日常であればこそ、そこはある意味ルーティンになるのは仕方がないのにもかかわらず。


その奏者、それはそれはあらゆるジャンルのあらゆるミュージシャンに引っ張りダコになるだろというのが、一瞬で理解出来た。。。

そしてそれは、おそらく音楽において最も大事な事であるのにもかかわらず、今最もないがしろにされ、忘れられているポイントであるなと、ひどく感銘を受けた夜でした。。。

演奏とは人であると、

p.s.純粋に音楽だけで見た場合、アイコンタクトとか関係ない(耳で集中できていればいい、それが一流)という論も見ますがそれはそれ。これはこれよ。
 

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SM57が如何に神マイクか語るスレ part666

SM57。それは誰もが憧れない・どこにでもある・非常に安いマイク。
しかし!どんなレコーディングスタジオにも最低5本はあり、どんなレコーディングエンジニアでも一様に素晴らしいと評価する神マイクなのです。
某レコーディング専門誌で『無人島に1本持って行くならどのマイクか?』で、堂々1位!!!

タフで過酷な環境でもバッチリ使えそう!なんてことではなく、本当に1番汎用性が高いからなんです。


私は良く言うんです。『国会からメタリカまで』と!『すげー(S)マイク(M)57!!』と。。。。


実際日本の国会含めアメリカのトランプさんの会見とかでも映ってますよ。(アメリカは先進国なのでBETA 57)
ジェイムス・ヘッドフィールドのvocalは毎回これらしいですし、U2のボノはこれをハンドマイクで使うそうです。※もちろんレコーディングでの話。


とにかくこれだけは言えます!このSM57、何のレコーディングにでも使えます。


ギターアンプ、ベーアン、アコギ、スネア、タム、ボーカル、バイオリン、チェロ、バグパイプ、チューバ、オンドマルトノ、テルミン、大正琴、琵琶、カスタネット、彼女のあえぎ声、小鳥の囁き、大本営発表、玉音放送。。。。。。

特性としては決して広くないのですが、美味しいところが実に良く拾える。

本当に神ですね。しかもどこにでもあるし何でも録れるのでまぁ『八百万の神』とでも言いましょうか?

もちろんコレ2本とkickのマイクに何か立てれば、『技術のあるレコーディングエンジニアさん』
なら、ドラムセットでもそりゃあもう完璧。別にレコスタに入るまでもないんです。ドラムなんてどこでも録れるんですよ!
※いつもと言ってること矛盾wwww

『そうSM57ならね!』

それではここで、SM57をtopマイクに2本立て、kickにのみコンデンサーを補強で立てた場合の、
『マイク3本だけによる秀逸なレコーディングドラムサウンド』を御聞きください。
※kickにはLEWITT DTP 640 REXを使用。
 

はい、すいません、今回は話の趣旨としてはkickにも57で行くべきなんですが、57でも駄目なモノはあるんです。

KICK、、、、これだけは無理、SM57じゃ駄目………本当にSM57で録るkickだけは
『LOWが無いです!!!』。
試す価値なし(もちろんわざと使うのはあり!!!)

※しかしさんざん褒めておいて最後は落として終わるという。。。。

俺はSMでいうと
ドSかもな。

 

ちなみについでにこの神田リョウさんの映像の1:05からの音源のtopマイクはSM57です。ご参考まで。

レコーディングに必要な三つの立体感について。

今回はいつものドラムに特化したマニアック?な内容ではなく、一般的な広い意味でのレコーディングのお話しです。

江戸前のお客様にはもちろんtopプロやレコーディングの経験の抱負な方もいらっしゃいますが、ほとんどスタジオレコーディングをやった事がない、または初めて!という方も多いです、めちゃくちゃ。

レコーディングというのは初めての場合まるで自動車の運転のごとく危険でよくわからない、しかし、運転してしまうと楽しくてしょうがない、みたいな世界です。
運転ならまずはエンジンの入れ方から始まり、ギアチェンジの仕方(今はオートマが一般的でしょうが)ハンドルの切り方に加え、前後左右の距離感覚、スピード感覚など研ぎ澄ました経験が必要となります。
レコーディングもまさにそれ。ただマイク立てて演奏すればいいというものではないといえます。

まず何よりも大切なのは事前に演奏とアレンジを完全にしておくという事ではないでしょうか?
自分の演奏を練習しておくのは言うまでもありませんが、仕上がりを見据えたアレンジ、つまり、左右のPANや奥行きなどの音の配置という意味の立体感をイメージしたアレンジをしておく事が大事です。これは和声的なアレンジ、 楽器編成的アレンジと同じかそれ以上に大事なアレンジポイントですよ。この部分をイメージせずスタジオに来てからあーだこうだ言っていたら日が暮れますね。

二つ目は一つ目と関連する事ですが、各楽器をどういった音色、トーンで録音したいのかを考えて置く事ですね。それは単にスネアは何を使いギターのエフェクターは何を使うというのを考えておく、という狭い意味ではありません。各楽器間の音量の大小だけではなく音像の大小関係まで見据えた立体のイメージが必要になります。

例えばシンガーソングライターものなのに、歌の録り音が細くてギターやドラムに『存在感的』に負けてしまうようではモトも子もありませんよね。それは音量だけでなく例えばマイクとの距離感なども深く関わってきます。つまり、ただ音量レベル的に適性に録音出来ていればいい、なんて簡単なものではありませ ん。
音量だけでなく、音響立体の中でどのような立ち位置なのか、どう聴かせたいのかのバランス感が非常に大事で、結果作品の質を左右してくるのです。

蛇足ですが、かのjudy and maryのドラマーがおっしゃっていた事です。
ジュディマリのmixはドラムが小さめで逆に歌の存在感を全面に押し出していますが、それはわざとだと言っていました。

『(悪い意味で言ってるわけではない)YUKIのような上手くない個性的な歌程とにかく全面に出すmixの方がいい。
下手だから引っ込めるのは逆効果、これ、あるときにTAKUYAとあーだこーだ試行錯誤して意見が一致したんだよ~』

つまりこの場合、ドラムがやたらかっこ良くフューチャーされてても駄目な場合があるということです。
歌モノの場合、歌がリスナーに届くのが命!
(いろんなドラムチューナーの氏も、サビでいかにスネアの存在感を消して歌を下支えするか?、について言及・実践しています)


最後に大事なのは、意外と皆さん適当になりがちですが、スケジュールの立体感覚です。
漠然と○時間で何曲、なんて決め方ではとても不効率です。
まず始めの二時間はみっちり音決するというところから始まり、○時から○時はドラムベース、ドラムをOKしたらドラムを撤収しながらベースを治しつつ、ギターのセッティングをする、というような細かいイメージ設定が大事です。

また、一日に二曲以上歌を録る必要がある場合、連続で歌うのは非常に酷です。ナンセンスとまで言えるかもしれません。歌が1番大事なのではありませんか?
そこで、歌はこのタイミングで一曲、で次はここで一曲、その間は何々をしておく、などと細かく計画を立てるとよいでしょう。もちろん何時に歌い始めるから何時に起床しておく、というような自己管理が大事なのも言うまでもありません。
だいたいのボーカリストは午前中は声が出ません。起床後6時間はレコーディングクオリティの声には必要と言われています。

一時間ウン千円もスタジオ代金を使うのですよ?この時間的立体感覚は最も大事ですね。効率良い制作はクオリティを何倍にも上げるのです。
ここでエンジニアさんに気を使う必要は全くありません、ぶっ続け12時間とかべつに、「余裕」ですから(笑)

以上レコーディングに非常に大切な三つの立体感、3-3Dでした。ご参考まで。

細かいアドバイスご相談はいくらでもお受けしておりますよー御気軽に。
(=゚ω゚)ノ
 

ひかり、陰、シャープネス、ボケ、、、配置、奥行き、バランス。。。。それらはレコーディングにも絶対必要な『立体要素』。。。。。photo by Tomoyuki Shikama from SNARE GIRL "RACCO"

ひかり、陰、シャープネス、ボケ、、、配置、奥行き、バランス。。。。それらはレコーディングにも絶対必要な『立体要素』。。。。。photo by Tomoyuki Shikama from SNARE GIRL "RACCO"

マイキングの初歩の初歩の音響学。

マイキング、それは非常に難しいテーマ。
録音・レコーディングスタジオ界隈のシステムで最も進化のない『マイク』。
それにまつわる話ですが、全くミステリアスな事ばかりです。

twitter等を見ておりましても、プラグインがあーだソフトがこーだなどとは良くみますが、
マイキングについてのお話はあまり盛り上がる事はない気がします。
それはやはりルームアコースティクスや位相に関わることなので、とてもとっつきにくくわかりにくいからなのでしょう。

今回はそのマイキングについて、音響学的な立場からの論点も含め、短い時間ではありますが、深く考察してゆく事にしましょ. . . . . . . . . . . . . . . . . . .なんてことじゃなくて、
(マイキングは自分でなんとかせいゃwww)
こんなこともありますよ。ってはなし。

だいたいマイクってのは意外とエンジニア目線というか、エンジニア都合で行われますね。
『ここが音がいいんだよ。ここだとかぶりが少なくていいんだよ。』的な
確かに重要なポイントですね。

大昔とある沖縄民謡関係のレコーディングをさせて頂いた時に、年配の奏者兼唄者の方に、
『なんかマイクが近いと意識しちゃって伸び伸びとうたえないなぁ』
と、仰せつかりました。

同室で笛や琴やタイコまで1発の収録だったもので、なるべくかぶりを減らしたく思うのはエンジニアの性。
だから譜面台だけはちゃんと見える程度に、マイクをなるべく近づけてセッティングしていたのです。
そうしたらどうも歌いにくいとの事。もちろん顔にべったりくっつけてセッティングしているわけではないのですが。

mixでも気がついたのですが、マイクが近くて気になってた時と離して意識しなくなってからの唄では、
その音楽的表情が全くちがうのです。
よりいきいきしてるように感じられるのです。

マイクを離した結果、唄は伸び伸びとさらにいい感じになり、声も出て結局カブリの問題も声が大きくなる事で相対的に良くなったという。。。

マイキングも何事もエンジニア的な理論的な決め付けだけで行うのは駄目なのだなぁと。
音楽を作ってる訳だから、ミュージシャンの方々に『いかに気持ちよくいい演奏をして頂けるか』
という、なによりも一番大切なことを忘れてはいけないのだと若い僕は反省したお話なのでした。

これはロックとかのレコーディングにも言えます。いつもみたいにハンドマイクで歌いたいんだよっていわれたら躊躇せず58をお渡しする、コンデンサーマイクが立ってると緊張するからと言うなら、近くにダミーで58を立てておいて、遠くから狙う等々。エンジニアの『仕事』はいくらでもあるものです。

こういうメンタルな部分が一番マイキングでは難しい、いやレコーディングでの一番大切な部分なのです。
 

秋も深まりきりましたね。model RACCO、photo by EDo-mae (fujifilm X-T1、nikkor micro 55mm f2.8)

秋も深まりきりましたね。model RACCO、photo by EDo-mae (fujifilm X-T1、nikkor micro 55mm f2.8)