私、パニック映画の類いが大好きでして特に「2012」って映画がありましてCG•VFXのオンパレード。これでもかという「リアル」な映像が2時間びっしり。マグニチュード100みたいな大地震が起きて世界の大陸が崩壊するみたいな内容で。まぁ有り得ないわけですよ。有り得ないから楽しめる。


その「有り得ない」ってのは「リアリティがない」ってことですよ。あんなにビルが崩れ地割れが出来てどんどん街が崩壊していく中で車で無事に脱出出来るわけがないんです(笑)。リアリティゼロ!


けど映像は「リアル」なんですよね。


実際の英語の意味は厳密には知らないですが、日常的に使う「リアル」と「リアリティ」の意味の差ってあると思います。

「リアル」は本物ぽさがどうかという言葉であり、「リアリティ」は現実的かどうかについて指す言葉である気がします。


音楽やレコーディング作業に於いても「リアルさ」の追求は沢山あります。ギターアンプシミュレーターでもビンテージ機材のプラグインでもそれこそデジタルドラムやドラム音源にしても。


表現の手法や方向性としてそれらを逆手に取る場合は除きますが、なんと「リアル」と「リアリティ」を履き違えたものが世の中に多いか。


超高速ツーバスをリアルに打ち込みやエディットで作ったとしまして、それはリアルだけどどんどんリアリティがないものになるような気がします(ホンマに叩いてるんかいな的な)し、演奏の精確さを追い求めすぎるのもリアリティが無くなっていきます。

果たしてそこまで〇〇な演奏が本当にやれてるのかどうかという点においてですよ。


人間なんですから少しミスってる方がリアリティは出ますよね。


写真や映像でもあまりに高精細過ぎるリアルな映像でエロを見せつけられるよりも、少し薄暗くムードのある淡い感じの映像の方が逆にリアリティを感じるでしょう。


リアルさを求めすぎてリアリティを削いで行くとだんだん「嘘くさく」なっていくんですね。それはレコーディングでも一緒です。


完璧な姿や演奏を見せたい聴かせたいが為に編集を完璧にする。というのは「人間にはそういう見栄やエゴがある」ということについてリアリティがあると言えるかもしれませんが、音楽の本質とはかけ離れていく気がするんです。


ところで、さっき淡い光の中で少しボヤけてるぐらいのイメージのほうがエロいと書いたのですが、そこにリアリティを感じれるかどうかというのは実は人によって違うものです。

“そういう経験をしたことがあるかどうか”によってリアリティを感じるかどうかがまた変わってきます。

「そんなこと経験したことねぇよ!」という人にはリアリティを感じることは難しいでしょう(笑)。


つまり、音楽の大事な本質の一つだと僕が思う「(音楽の)リアリティ」を養う為には、色んな音楽を生で聴き色んな人達と色んなシチュエーションで演奏して•••••という沢山の経験がモノを言うということに、


やはりなってしまうんでしょうねえ。。。。

ただ、リアルとリアリティーそして非現実さのバランスをどう取って行くかが、生演奏とは違うレコーディング芸術の醍醐味であるのも真実です。


演技でもなんでも一緒すな。


例えばこのマイクで声を録ってみてください。とんでもなく嘘くさい声になります。しかしこういうリアルさの全くないマイクを使うことでリアリティーのあるバスドラサウンドを収録できたりするのです。『リアル』と『リアリティー』って不思議な関係ですね。

例えばこのマイクで声を録ってみてください。とんでもなく嘘くさい声になります。しかしこういうリアルさの全くないマイクを使うことでリアリティーのあるバスドラサウンドを収録できたりするのです。『リアル』と『リアリティー』って不思議な関係ですね。