素晴らしいドラマー、打楽器奏者いや、ミュージシャンとは、

今日はレコーディングとかスタジオではない話。

先日某ライブにお邪魔しました。ウチにお客様で来ていただいてその演奏とトーンに非常に感銘を受けたので早速観に行ってみました。
即興演奏形式で話しによるとリハもなく、その瞬間がまさに初顔合わせで初演奏だったそうだ。

そのミュージシャンの方は即興的セッションに長けてる方だとは思うが、まず、当たり前に演奏が素晴らしい。しかし、だいたいのミュージシャンてのは間違いなく演奏は素晴らしいはず。
しかし、さらに一段二段素晴らしく感じるその差はいったいなんなのだろう?どんなに素晴らしくとも普通一緒に演奏してみたいなどとはめったに思わないのだけれど、その時は一緒に演奏してみたいなー、と純粋に思ったのですよー。

今まで何人かのそのようなミュージシャンと出会い、幸いにも実際一緒に演奏する機会に沢山恵まれてはいるけれど、特にドラム等の打楽器奏者全般に言える大事な演奏のポイントは、僕は「顔」なのだと思っています。
まずその演奏の楽しさや真剣味や、共演者お客様に対する気持ちが全て顔と表情に出てるかどうか。。。特に打楽器奏者はその楽器の特性上譜面に食らいついている必要性もないし、常に指板を睨んでる必要性も少ないので、その視線や表情や身体全体で音楽そのものと楽しさを人一倍アピールすることが出来ますよね。
つまり、楽しさやグルーヴの表現を表情で倍増させる事が出来るという事。

即興演奏の場合は特に、ミュージシャン同志の呼吸やお互い何を考えどんな音を出しているのか?というのを深く理解することが非常に大切になってくると思いますが、その人は常に共演者を見ている。探っている。演奏してて楽しいんだぞー!ってアピールを全身でしている。へたな共演者だと気遅れするほどじゃないでしょうか。
しかし、それは音楽をこころの底から楽しみ、真剣に音楽と共演者に向かいあってる証拠なんだ。
演奏が仕事で日常であればこそ、そこはある意味ルーティンになるのは仕方がないのにもかかわらず。


その奏者、それはそれはあらゆるジャンルのあらゆるミュージシャンに引っ張りダコになるだろというのが、一瞬で理解出来た。。。

そしてそれは、おそらく音楽において最も大事な事であるのにもかかわらず、今最もないがしろにされ、忘れられているポイントであるなと、ひどく感銘を受けた夜でした。。。

演奏とは人であると、

p.s.純粋に音楽だけで見た場合、アイコンタクトとか関係ない(耳で集中できていればいい、それが一流)という論も見ますがそれはそれ。これはこれよ。
 

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SM57が如何に神マイクか語るスレ part666

SM57。それは誰もが憧れない・どこにでもある・非常に安いマイク。
しかし!どんなレコーディングスタジオにも最低5本はあり、どんなレコーディングエンジニアでも一様に素晴らしいと評価する神マイクなのです。
某レコーディング専門誌で『無人島に1本持って行くならどのマイクか?』で、堂々1位!!!

タフで過酷な環境でもバッチリ使えそう!なんてことではなく、本当に1番汎用性が高いからなんです。


私は良く言うんです。『国会からメタリカまで』と!『すげー(S)マイク(M)57!!』と。。。。


実際日本の国会含めアメリカのトランプさんの会見とかでも映ってますよ。(アメリカは先進国なのでBETA 57)
ジェイムス・ヘッドフィールドのvocalは毎回これらしいですし、U2のボノはこれをハンドマイクで使うそうです。※もちろんレコーディングでの話。


とにかくこれだけは言えます!このSM57、何のレコーディングにでも使えます。


ギターアンプ、ベーアン、アコギ、スネア、タム、ボーカル、バイオリン、チェロ、バグパイプ、チューバ、オンドマルトノ、テルミン、大正琴、琵琶、カスタネット、彼女のあえぎ声、小鳥の囁き、大本営発表、玉音放送。。。。。。

特性としては決して広くないのですが、美味しいところが実に良く拾える。

本当に神ですね。しかもどこにでもあるし何でも録れるのでまぁ『八百万の神』とでも言いましょうか?

もちろんコレ2本とkickのマイクに何か立てれば、『技術のあるレコーディングエンジニアさん』
なら、ドラムセットでもそりゃあもう完璧。別にレコスタに入るまでもないんです。ドラムなんてどこでも録れるんですよ!
※いつもと言ってること矛盾wwww

『そうSM57ならね!』

それではここで、SM57をtopマイクに2本立て、kickにのみコンデンサーを補強で立てた場合の、
『マイク3本だけによる秀逸なレコーディングドラムサウンド』を御聞きください。
※kickにはLEWITT DTP 640 REXを使用。
 

はい、すいません、今回は話の趣旨としてはkickにも57で行くべきなんですが、57でも駄目なモノはあるんです。

KICK、、、、これだけは無理、SM57じゃ駄目………本当にSM57で録るkickだけは
『LOWが無いです!!!』。
試す価値なし(もちろんわざと使うのはあり!!!)

※しかしさんざん褒めておいて最後は落として終わるという。。。。

俺はSMでいうと
ドSかもな。

 

ちなみについでにこの神田リョウさんの映像の1:05からの音源のtopマイクはSM57です。ご参考まで。

レコーディングに必要な三つの立体感について。

今回はいつものドラムに特化したマニアック?な内容ではなく、一般的な広い意味でのレコーディングのお話しです。

江戸前のお客様にはもちろんtopプロやレコーディングの経験の抱負な方もいらっしゃいますが、ほとんどスタジオレコーディングをやった事がない、または初めて!という方も多いです、めちゃくちゃ。

レコーディングというのは初めての場合まるで自動車の運転のごとく危険でよくわからない、しかし、運転してしまうと楽しくてしょうがない、みたいな世界です。
運転ならまずはエンジンの入れ方から始まり、ギアチェンジの仕方(今はオートマが一般的でしょうが)ハンドルの切り方に加え、前後左右の距離感覚、スピード感覚など研ぎ澄ました経験が必要となります。
レコーディングもまさにそれ。ただマイク立てて演奏すればいいというものではないといえます。

まず何よりも大切なのは事前に演奏とアレンジを完全にしておくという事ではないでしょうか?
自分の演奏を練習しておくのは言うまでもありませんが、仕上がりを見据えたアレンジ、つまり、左右のPANや奥行きなどの音の配置という意味の立体感をイメージしたアレンジをしておく事が大事です。これは和声的なアレンジ、 楽器編成的アレンジと同じかそれ以上に大事なアレンジポイントですよ。この部分をイメージせずスタジオに来てからあーだこうだ言っていたら日が暮れますね。

二つ目は一つ目と関連する事ですが、各楽器をどういった音色、トーンで録音したいのかを考えて置く事ですね。それは単にスネアは何を使いギターのエフェクターは何を使うというのを考えておく、という狭い意味ではありません。各楽器間の音量の大小だけではなく音像の大小関係まで見据えた立体のイメージが必要になります。

例えばシンガーソングライターものなのに、歌の録り音が細くてギターやドラムに『存在感的』に負けてしまうようではモトも子もありませんよね。それは音量だけでなく例えばマイクとの距離感なども深く関わってきます。つまり、ただ音量レベル的に適性に録音出来ていればいい、なんて簡単なものではありませ ん。
音量だけでなく、音響立体の中でどのような立ち位置なのか、どう聴かせたいのかのバランス感が非常に大事で、結果作品の質を左右してくるのです。

蛇足ですが、かのjudy and maryのドラマーがおっしゃっていた事です。
ジュディマリのmixはドラムが小さめで逆に歌の存在感を全面に押し出していますが、それはわざとだと言っていました。

『(悪い意味で言ってるわけではない)YUKIのような上手くない個性的な歌程とにかく全面に出すmixの方がいい。
下手だから引っ込めるのは逆効果、これ、あるときにTAKUYAとあーだこーだ試行錯誤して意見が一致したんだよ~』

つまりこの場合、ドラムがやたらかっこ良くフューチャーされてても駄目な場合があるということです。
歌モノの場合、歌がリスナーに届くのが命!
(いろんなドラムチューナーの氏も、サビでいかにスネアの存在感を消して歌を下支えするか?、について言及・実践しています)


最後に大事なのは、意外と皆さん適当になりがちですが、スケジュールの立体感覚です。
漠然と○時間で何曲、なんて決め方ではとても不効率です。
まず始めの二時間はみっちり音決するというところから始まり、○時から○時はドラムベース、ドラムをOKしたらドラムを撤収しながらベースを治しつつ、ギターのセッティングをする、というような細かいイメージ設定が大事です。

また、一日に二曲以上歌を録る必要がある場合、連続で歌うのは非常に酷です。ナンセンスとまで言えるかもしれません。歌が1番大事なのではありませんか?
そこで、歌はこのタイミングで一曲、で次はここで一曲、その間は何々をしておく、などと細かく計画を立てるとよいでしょう。もちろん何時に歌い始めるから何時に起床しておく、というような自己管理が大事なのも言うまでもありません。
だいたいのボーカリストは午前中は声が出ません。起床後6時間はレコーディングクオリティの声には必要と言われています。

一時間ウン千円もスタジオ代金を使うのですよ?この時間的立体感覚は最も大事ですね。効率良い制作はクオリティを何倍にも上げるのです。
ここでエンジニアさんに気を使う必要は全くありません、ぶっ続け12時間とかべつに、「余裕」ですから(笑)

以上レコーディングに非常に大切な三つの立体感、3-3Dでした。ご参考まで。

細かいアドバイスご相談はいくらでもお受けしておりますよー御気軽に。
(=゚ω゚)ノ
 

ひかり、陰、シャープネス、ボケ、、、配置、奥行き、バランス。。。。それらはレコーディングにも絶対必要な『立体要素』。。。。。photo by Tomoyuki Shikama from SNARE GIRL "RACCO"

ひかり、陰、シャープネス、ボケ、、、配置、奥行き、バランス。。。。それらはレコーディングにも絶対必要な『立体要素』。。。。。photo by Tomoyuki Shikama from SNARE GIRL "RACCO"

マイキングの初歩の初歩の音響学。

マイキング、それは非常に難しいテーマ。
録音・レコーディングスタジオ界隈のシステムで最も進化のない『マイク』。
それにまつわる話ですが、全くミステリアスな事ばかりです。

twitter等を見ておりましても、プラグインがあーだソフトがこーだなどとは良くみますが、
マイキングについてのお話はあまり盛り上がる事はない気がします。
それはやはりルームアコースティクスや位相に関わることなので、とてもとっつきにくくわかりにくいからなのでしょう。

今回はそのマイキングについて、音響学的な立場からの論点も含め、短い時間ではありますが、深く考察してゆく事にしましょ. . . . . . . . . . . . . . . . . . .なんてことじゃなくて、
(マイキングは自分でなんとかせいゃwww)
こんなこともありますよ。ってはなし。

だいたいマイクってのは意外とエンジニア目線というか、エンジニア都合で行われますね。
『ここが音がいいんだよ。ここだとかぶりが少なくていいんだよ。』的な
確かに重要なポイントですね。

大昔とある沖縄民謡関係のレコーディングをさせて頂いた時に、年配の奏者兼唄者の方に、
『なんかマイクが近いと意識しちゃって伸び伸びとうたえないなぁ』
と、仰せつかりました。

同室で笛や琴やタイコまで1発の収録だったもので、なるべくかぶりを減らしたく思うのはエンジニアの性。
だから譜面台だけはちゃんと見える程度に、マイクをなるべく近づけてセッティングしていたのです。
そうしたらどうも歌いにくいとの事。もちろん顔にべったりくっつけてセッティングしているわけではないのですが。

mixでも気がついたのですが、マイクが近くて気になってた時と離して意識しなくなってからの唄では、
その音楽的表情が全くちがうのです。
よりいきいきしてるように感じられるのです。

マイクを離した結果、唄は伸び伸びとさらにいい感じになり、声も出て結局カブリの問題も声が大きくなる事で相対的に良くなったという。。。

マイキングも何事もエンジニア的な理論的な決め付けだけで行うのは駄目なのだなぁと。
音楽を作ってる訳だから、ミュージシャンの方々に『いかに気持ちよくいい演奏をして頂けるか』
という、なによりも一番大切なことを忘れてはいけないのだと若い僕は反省したお話なのでした。

これはロックとかのレコーディングにも言えます。いつもみたいにハンドマイクで歌いたいんだよっていわれたら躊躇せず58をお渡しする、コンデンサーマイクが立ってると緊張するからと言うなら、近くにダミーで58を立てておいて、遠くから狙う等々。エンジニアの『仕事』はいくらでもあるものです。

こういうメンタルな部分が一番マイキングでは難しい、いやレコーディングでの一番大切な部分なのです。
 

秋も深まりきりましたね。model RACCO、photo by EDo-mae (fujifilm X-T1、nikkor micro 55mm f2.8)

秋も深まりきりましたね。model RACCO、photo by EDo-mae (fujifilm X-T1、nikkor micro 55mm f2.8)

クリックの性能が劣化しているらしい。。。???

今も昔もクリックによるレコーディングというのはスタンダードな手法です。
しかし昔のクリックと今のクリックには大きな違いがある事に最近気がつきました。

昔はクリックに合わせてDrum-Bass-Gt-Vo、、、、と録っていた。
もちろんクリックにあわせて演奏陣が1発というのもやる。

しかし昨今のレコーディングの多くは、DTMで多くを完成させてから、最後にレコーディングススタジオに移動しDrumを録るというのが非常に多くなって来ているのです。

DTM上で音源を制作する場合、演奏の基準は『完璧にクリック』となってしまう。
『クリックあれど』の部分の生ドラムによる生のグルーヴを演奏に取り入れる事ができないのです。

なぜなら仮の打ち込みのDrumにあわせ先にOKテイクのGtとかBsを録ってしまっているから。
つまり軸がストレートにクリックになってしまわざるを得ない状況なのです。

クリックを使えど生ドラムから順にまたは一緒に録っていくならば、生のドラムのゆらぎに対して他の楽器が合わせていく事になるのだけれど、始めにBsやGtなどのウワモノから決定してしまうと、生ドラムの本来のグルーヴを取り入れにくいのです。

上手いドラマーは完全にクリックに一致して叩いている訳ではありません。
その上で自由に泳いでいる。だからこそのグルーヴが有る。本来はそこに合わせるべきではないでしょうか?

最近はplugインのアンプシミュレーションの発達などで、作曲やプリプロ段階での作業におけるウワモのがそのままOKテイクになってしまう事が多いです。その方が確かに合理的な部分もありましょうが。
しかし、それによって『リズム主体の音楽であるはずのモノ』から一番大事なファクターが欠落している可能性があるのではないでしょうか?

生ドラムをドラム音源等を駆使して再現する楽しみもあるでしょう、しかしその楽しみは貴方のMacのまえだけで完結する些細なことです。

『生ドラムが生ドラムたる所以』に至るまでしっかり今のDTM的手法で取り入れる事ができていないという、その現状。非常に危惧される状況であると言えます。

しかも最後にドラムを生に差し替えればいい、という問題でもないんですね。。。。

レコーディングとはかくも難しいのです。
 

スネア女子 RACCO photo by EDo-mae (zeiss touit 32/1.8)

スネア女子 RACCO photo by EDo-mae (zeiss touit 32/1.8)

あまり言いたくはないんだけど、未成熟なのかなぁ?な、話......... ※また長い。。。。。。。。。

トラックメイカーさん、ていいますと普通のDTMで作詞作曲している方々の比べ、サウンドへのこだわりやその作り上げる『トラック』の質や意識がとても高い気がします。

ところで。

先日お客様でいらしたトラックメイカーさんが言ってらしたんだけど、トラックメイキングにおいて「どんだけ頑張ってもキックが向こうに負ける」のだそう。使用アプリや方法論は同じでも。

これは僕も常日頃思っている、「ドラムサウンドが常に向こうに負けてるなー」という印象とリンクするものです。ま、勝ち負けではないんだけど!
はっきりいってマイクやマイクプリ等の機材は向こうに負けてるなんて事は少なくともない。楽器レベルで考えてもパールやヤマハなど日本のドラムは世界を席巻してるわけだから、楽器のせいではないはず。じゃあレコーディングスタジオの電圧とか?気候の乾燥具合?(笑)

 

これはドイツですね、すみません。スネア女子by江戸前さん。(FUJIFILM X-T1、nikkor 20mm f2.8 Ai vintage by VSCO)

これはドイツですね、すみません。スネア女子by江戸前さん。(FUJIFILM X-T1、nikkor 20mm f2.8 Ai vintage by VSCO)



では、なぜそのような音の差が出るのでしょう。
まずは日本の現場ではドラムの音を確信的に(ただし結果として)悪くしている、というか地味にしてるというのがありますが、それは実は歌を活かす為だとおもいます。日本のボーカリスト は「声が弱い、歌が弱い」場合が多く、ドラムサウンドが良すぎてドラムに耳が行くようでは曲として成立しなくなる可能性が出でくる。ドラムの音像が大きかったり、かっちょよすぎると都合がわるいんですよ。(実際のところ、ダブルミリオンを何度も記録したドラマーさんが実際『わざとそうしている』といってた)。

まず、一点はそれ。

第二点としては、単純にドラムサウンドに対しての感性が成熟してないというのが考えられると思ってしまいます。
先日とあるアメリカ帰りのドラマーと話ししていたのだけど、アメリカなんかだと特に、どんなアマチュアバンドであれドラマーはマイセットをライブに持ち込むらしい。それが当然の日常なんだそうです。しかも、アマチュアであれドラムのセッティングが遅かったり、音が悪いと容赦なくコケにされ笑われ舐められるそうです。それでかなり鍛えられたと。確かに彼のサウンドはチューニング面含めて誠にすばらしかった。。。。

そういえば良くききます。ドラム関連の商業規模が日本とは比較にならないと。いや、楽器業界全体の規模がそもそも。。。。NAMM SHOWの会場の規模一つとってもものすごいでかいわけですよ。

日本ではワンマンならともかく、対バン式のライブでのセットの持ち込みや入れ替えなどまずやらない。運搬の問題(パーキングの問題とかも)もあるだろうし、さらにライブハウスも嫌がるかもしれない。まずこの時点でのドラマーの楽器や音に対するコダワリの無さと理解の程度が見えてしまう。
ライブハウスにしても質の良いところもあるだろうけれど、大方とんでもない状態のセットで金すら取る有様。リハスタしかり。つまり、みんなドラマー含め『ドラムの音を知らない』のではないでしょうか。
ドラムの良い音もしらないし、その音のバリエーションの幅広さ、深みも知らない。一つのセット・スネアからいろんな音が出せる事も、何もかも知らない、認識していないのかなぁ。。。。。。


例えばレコーディングで良く感じるのだけれど、スネアの音の好みの傾向が画一的であること。ハイピッチで倍音カンカンでサステインの長い音を好む傾向が『未だ』に驚く程高い。
スネアの音にはドスって音からパスっ、ダッ、スタン、カン、カンカーンまで非常に幅広いバリエーションがあるが、カンカンだけが非常に好まれる傾向です。
音には流行りがあるのが解るし、常に目新しくあるべきだとは思いませんが、ちょっともう食傷気味な音の傾向といえます。

欧米のサウンドを見るとレコーディングされた一枚のアルバムの中で様々なスネアのトーンに出会う事ができるのだけど、日本のアルバムだとスネアのトーンにバリエーションが非常に少ない気がします。
バンドの場合、曲によってスネアのサウンドが変化するのはドラマーの個性付けや統一感の面からあまり好まれない側面があるのは承知だけれど、アーティストモノの場合、もっと幅広いスネアのトーンバリエーションがあってもいいと思うのは僕だけ?もちろんトータルのセットのトーンもでっす。

レコーディングスタジオでの現場プロデュース的にどのドラマーを呼ぶのかとかにも関わってくるけれども、あまりにドラムサウンドの追求に時間が割かれてないような気がするCDが少なくない。次の曲どうする?あ〜〜〜イマいい感じなんでこのままでいいっす。set入れ替えとかめんどうだしいっす。    ..............
限られたスタジオ予算との兼ね合いがあるのは重々承知の上でもあるけれど。

レコーディング作品のそのものの質感を大きく左右するドラム、手順的にも始めに収録されるドラムであるからして、そのサウンドは以降にダビングされるウワモノの音を左右すらするはずでしょう?。
結局ドラマーもプロデュース側もドラムの音にそこまで「拘ってない」のかしら?
特にエンジニアはドラムのマイクセッティングと音決めが早いほど現場では優秀とされる傾向があります。
だから音に問題があっても卓を離れず手元のEQやコンプでささっとやってしまうのよね。

ま、僕がレコーディングエンジニアさんと現場で一緒になるなんてあり得ないんだけど(笑)

つまり生音を聴いていない。下手したら興味すらない。
これはあり得ないこと。。。信じられない。
ブースの行き来すらおっくうとは。。。。


また、著名なドラマーを呼ぶほどなんとなく音に注文がつけづらい雰囲気があったりする、というのもあるかな?。ドラマーによってはその音自体がトレードマークである事も多いでしょうし。

しかし本来ドラムサウンドとはそういう簡単なものではないと思うんですよ。厳密に言うとドラムサウンドと音楽の関係がそんなに簡単なモノであるはずがない!ということですね。
ドラムサウンドとは、ドラマー自身はもちろん他のパートのミュージシャン、そしてエンジニア等現場にいる人間皆で創り上げるべきもの。ドラムチューナーさんとか含め。

そのぐらい音楽そのモノを左右するファクターであると思っています。僕は。

あらゆるポピュラー楽器の中で最も繊細な音作り(楽器レベルでの)を要求されるドラムに限りなく無頓着とも言える状況こそ、日本の音楽的成熟が達成されてない事を示唆しているような気がする、というのは言い過ぎでしょうか。

mixでどんだけいじくってもまったく、無意味に近い。

これは言いすぎになるのでしょうか?

ウィキペディアでみつけたラウドネスの樋口宗孝さんの名言が印象的でした。
やっぱり樋口が叩くとこうなる」では終わりたくない。
それはプレイも音もでもあったのだと思う。つねに幅広いサウンドと音楽性を追求するべきと。

みんな『ドラムってこんなもん、こういうもん』と決めつけすぎているのかな。
playスタイルしかり。

なんでも型にはめて逸脱することができない日本人の国民性。保守的な。

ドラムサウンドがどんなに奥深く幅広く、美しいのかと言う事に気がつかないまま死んで行くのは、
まことに音楽を演奏する、聴く、関わる人間として大きな損失です。ぐらいのキモチ。



最終的に冒頭のトラックメイカーさんは、
「打ち込み的手法でリズムトラックを作成するにしてもやはり、ドラムの音は楽器で生で根本から作らないとやはり向こうには勝てない」とひとりごちていた。


やはり最後はそうなる。


また、『私には(若くてとか、まだキャリアがないし、とか、アマチュアだしとか)そんな世界があるのは、わかるけど、まだまだ遠慮しときます』
みたいなことでは本当にもったいない。
それ、全部江戸前で引き受けますよ。しかも料金に含まれているんですよ!
って話しなわけですよ。

ま、宣伝なんすけど。
んでもって江戸前さん、怖くもないんですよ!!

みんなマジ勘違いしてるけど wwwwwwwww

 

 

うるせ〜〜〜〜おっぱい

狭いからこそ音が『遠くなる』のはなぜよ?

寒! 

レコーディングでは各楽器の音像の『位置』というのがとても大切です。LRのスピーカの間または外のどこに・どの奥行きで配置するか。。。例えばやはりドラムは残響感とは別になるべく近く大きい音像でレコーディングしておくにこした事はないのです。

ところで、広いレコーディングスタジオだと、ドラムの録り音が遠い感じになる事があるというのはなんとなくイメージ的にわかりますよね?

しかし!

実は狭くても音響処理の悪いレコーディングスタジオこそ音が遠い感じになるというのはご存知でしょうか?
音の遠い近いというのは、マイクと楽器の距離からくる距離感の事ではなくって。

狭い部屋で音が遠くなるというのはなぜかというと、近接する壁からの「初期反射音(アーリーリフレクション、一度目の反射音)」が位相レベルでマイクの生音に被ってくるからなのですね。つまり反射音が直接音に波形レベルで影響を及ぼすという事なのですよ。それが時として逆位相として打ち消す作用をもたらす。

広いレコーディングスタジオの残響音というのは直接音には作用しないのです、なぜなら遅れてマイクに届くから。問題は近い壁からすぐに跳ね返ってくる初期反射音の質なのです。それがマイクに被って直接音に悪影響を及ぼす。。。吸音処理が適切ではない壁のレコーディングスタジオで音が遠くなるというのは、そういう理由なのですね。狭いから張り付くような音になるというのではないのです。(ドラムだけに限らずすべての楽器のレコーディングに関係します)

ちなみに江戸前では、非常に適切な壁処理が施されておりますので、音が遠いなどというコトは全くございません。(※設計はドラムマガジンさんでおなじみ、アコースティックエンジニアリング社さん)

さらにちなみに演奏面で言いますと、響きすぎの壁だとドラマー本人にとってうるさいのでショットが小さくなってしまいます。逆に吸いすぎはさみしいので叩きすぎになってしまいます。
ひょっとしたら壁の質というのは、マイクにどのようか音が入ってくるのか?という事よりも、実は叩き手のショットが変わってきてしまうという事の方が大きいかもしれませんね(笑)

なのでドラムの音というのは難しいのです。(笑)
無意識の意識がありますんで。

ちなみに音像の近い遠いに関しては、特にドラムレコーディングに於いてはケーブル長がものすごく関係しているというのはいつも言ってますが(笑)これもまたそのうち書きますね!

スネア女子 撮影 : 江戸前さん。モデルRACCOちゃん。

スネア女子 撮影 : 江戸前さん。モデルRACCOちゃん。

レコーディングにおいての『余韻や情緒のやうな』モノについての扱い方は。。。

(あぁ、なんて解像度の粗い写真でしょう。。。。)

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さて。。。。 

ピアノ楽曲でたまにサティとかの音数の死ぬほど少ない曲を聴きたくなる時があります。一部のドビュッシーとかラヴェルとか、シルヴェストロフとか。。。
それらはリストだのショパンだのの技巧系音数詰め込み系ピアノ曲よりじっくりピアノのトーンを味わえる気がしますよ。

同じようにドラムサウンドについても、音数少ない淡々としたプレイにホッとして酔いしれる事が出来る時があるけれど、そのようなプレイをする人はなかなかいない気がいたします。
というか、ドラムからそのようなホッとする素晴らしい音が出るというのを知らないリスナーやレコーディング制作者も少ない気もしています。

ひとえにポピュラーミュージック関係の制作者やエンジニアというのは、レコーディングにおいて音の減衰や余韻というものの扱いが非常に雑な気がしているのはぼくだけでしょうか?
その証拠に曲終わりのフェード処理の雑さをよく耳にしてしまうことが挙げられます。シンバルの余韻は果てしなく長く美しいはずなのだけれど、ズバっと雑なフェードで誤魔化す。
そこらへんから、音に対するセンスというか愛情というかについて残念な気持ちになってしまいますし、ミックスにおいての様々な音についての短絡的で雑な扱いが垣間見えてくる、気がするなぁ。

例えば最近のレコーディングエンジニアや制作者は生楽器に触れる機会がめっきり減ったといいますが、コンサートホールでのオーケストラの美しい余韻が、一部の興のわからない観客のデリカシーのないフライングなブラボーや歓声・拍手で掻き消され、イラっとした経験すらないのだろうなと他人事ながらさみしい気すらしてくるのです。

一人リズムオーケストラとも言えるドラムの音について、センスや愛情の感じられないレコーディング作品が存在するとすると、
それはそういった原始的なリスニング体験・感動体験がない人の手によるものなのかもしれないと、勘ぐってしまいますね。

『終わりよければ全て良し』ではないけれど、楽器の・音楽の美しさは余韻に集約される。
通して聴いたその曲が素晴らしければ素晴らしい程、最後の余韻は大事になってくると思うのです。

どうなのでしょうか?

余韻の雑な音楽はtopの写真のような画像に等しいのかもしれないな。(音の余韻の美しさはデジタルレコーディング理論的にいうと、bitという数値がよいほど(16bitより24、32bit。。。)美しく再現されるといいます。そのbitをわかりやすく写真にたとえると、画像の編み目の細かさといえるのです。)

 

ウチに所属しない?ウチから出さない?

 アマチュアバンドや経験の浅いアーティストにとって嬉しいかつ、危険な囁きかもしれないのが、

「うちに所属しない?」「うちからCD出さない?」という類のお誘い。


芸能プロダクションと一緒で物凄く真っ当な話しからとてもじゃないけど胡散臭いのまで様々あります。


写真はネタに関係ありませんイメージです 

写真はネタに関係ありませんイメージです 

 

しかし、ここではその見分け方や是非を書くわけではありません(笑)。

 

 

まぁ、そう言った話しを貰うと大抵嬉しいわけでその人や会社の話しを聞こうというバイアスは当然かかるのは人の心。

 

そんなとき、よく言われるのは、

「もっとポップな曲書いてよ」

「歌詞はもっと云々」

「ギターのフレーズはもっとこうだよ」

「◯◯ちゃん下手だからスタジオミュージシャンで」

「◯◯ちゃん下手だからメンバー変えよう」

「誰それは首」

。。。。。。。

 

プロダクションやメーカーの人のは一般的にはあなた方より音楽が詳しかったり経験がある(と思いたい)わけです。

しかしその意見は全て正しいのでしょうか?

 

いや、音楽的にはもしかしたら確かに正しいのかもしれないけど、バンドメンバーの考えやアーティストとしてのポリシーとしてどうなんだ?本当にそれがやりたいことなのか?

という問題が出てきます。

 

音楽は音楽である以前に表現ですから、理論やしきたりを最重視しないジャンルである限り、よっぽどではない限り自分たちがどうしたいのか?が1番大切だと思います。

 

極端な話し、

英語の歌詞の文法が間違っていようと、

「この方がゴロがいいし、気持ちいいから別にいい」

で、全然オッケーなわけです。

別にアメリカの音楽の教科書に載せる曲作ってるわけではないんだし(笑)。

 

世界中の色んなアーティストが

「ファーストは自由に出来なくて辛かった。あれは俺の作品ではない」

みたいな事を言ってますよね。

 

例えはそんな錚々たるアーティストの中でもプリンスとかクラシックならグレングールドは好きにやらせてもらえたみたいだが(本当のアーティストオブアーティスト)。

※契約や金銭面のトラブルは別(笑)よ。※後述

 

「こうしたら売れるし、売れたら好きにやれるから」

とか言われますよ。

 

しかし、

 

"売れたらまた同じように売れるモノを求められる"というスパイラル。

売れればなんでもいいならいいけど、そうじゃなければアーティストとしてかなりのストレスになるでしょう。

サラリーマンになりたくないからアーティストやってるのに(違)。

 

レコーディングするにあたり1番大切なのは、自分がどうしたいのか?どう表現して演奏したいか。

 

これを絶対曲げてはいけない。

 

事務所やメーカーがつくと、金の問題も絡んできます。

ようするにスポンサーがつくという事に近いわけで、そのスポンサーの言う事を聞かなきゃいけないというのも確かにある。

けど、音楽は普通の「商材」ではないのです。

 

「こっちのいう事を聞かないなら、この話なしで!」って言われてポシャるぐらいでいいんです。

 

そういうバンドならまた絶対声掛かりますし、そういうバンドが求められてますからね。

 

ところで、そういった事務所やメーカーが声を掛けて来たときに、しっかりお金の話はしましょう。

 

レコーディング、プレス、流通、その他フライヤー、ポスター。

 

CDリリースに当たって掛かる経費のどこまで出してくれるのか?

 

そこは対等に話しして文面で残す。

 

それが逆に相手を尊重して信用するって事ですよ。

 

 

それでトラブってるアーティストは世界中に枚挙にいとまがないのですから。

京都の花街に見る、成長を愛でる文化と処女性の尊さとレコーディング技法。

あまり詳しくはないが、所謂京都などの「花街」の文化。

 

早いと中学生くらいの娘さんが仕込みさん(一般でいうところのお茶汲み、スタジオでいうところの電話番(笑))として、置屋(事務所的な)に入り、色々と勉強させてもろて数年で「店だし」する。つまり「舞妓」としてデビューするわけだ。

所謂クライアントというか旦那衆は店だし前からお気に入りを特に気にかけ、舞妓としてデビューしたら毎夜のように座敷に呼んで可愛がる。

で、ほんとに贔屓にする娘であれば

「昔なら」ば、大金を払って「筆降し」をする。

 

つまり「処女を購入」する。

 

鴨川をどりの本番のために歌舞練場入りする舞妓はーん 

鴨川をどりの本番のために歌舞練場入りする舞妓はーん 

詳しくは知らないけどその大金のほとんどはそれまでその舞妓を育ててきた(出資してきた)置屋に入るのだ。また、過去の厳しい裏歴史としてはそうやって彼女らは搾取されたわけだ(これはあくまで相当昔の話)。

 

そして筆降しされた舞妓は晴れて「芸妓」に昇格する。(舞妓と芸妓の違いはgoogleへ)

 

今のイメージだとAKBを卒業してソロ活動に入るみたいな(笑)

 

花街の文化をひとつの芸能とするならば、それは1人の女性の成長を愛でる芸能文化であり、その過程を楽しむ文化(高貴なイメージや伝統を蓑に、性の搾取の側面は綺麗に消しながらの)。始めはとにかく初々しかったのが舞妓芸妓と成長するにつれ、舞や踊りから三味線や唄を唄うようになって、芸や唄も円熟してゆく。その移ろいに美を見出す(四季を愛でるように非常に日本的な)究極の贅沢とも言えるわけです。( 現在はそこに「性」のシステムはないと思うけれど(建前上は))

 

で、それをもっと一般的な文化芸能で見ると、まさにアイドルはそれだし、広げていくと若いアーティストや女性に限らずバンドだったりもしかりだ。

 

粗削りだけどカッコ良かったのがどんどん変質していって音楽として深みを増していくわけだから。

 

昨日、松田聖子のファーストシングル「素足の季節」を聴いていたら、まことに下手で(笑)。

しかし、松田聖子のどの唄よりも力んでいて気合いが入っていて、頑張って歌っている。

 

おそらく死ぬ程毎日毎日練習させられて気が狂いそうなスケジュールをこなしながらレコーディングに臨んで、泣きながら録ったんじゃないか?みたいなのがその歌から伝わってくるのだ。

 

その涙の跡みたいなのが舞妓さんが「堪忍やで、堪忍しとくれやす◯◯はん」みたいにグッとくるわけよ、

歌として。。。

 

それが2枚目の「碧い珊瑚礁」になると、力がスパっと抜けている。上手くもなってる。

「◯◯はん、ウチ成長したやろ?可愛いなったやろ?」

 

その後松田聖子はアイドル路線を突っ走り、「瑠璃色の地球」で自作曲に挑戦したり、最近(といってもだいぶまえ)は「あなたに逢いたくて」という熟しきったオトナのオンナになるばかりか、娘の神田沙也加の母親を超えるまでの天才的歌唱とブレイクにまで繋がるわけで。

 

本来音楽は、音楽を一生やっていくと腹をくくるなら、そのぐらい長いスパンで表現される芸術だと思う。強烈に。

 

スティングなんて、デビュー時はイケメンのチャラいインテリなチンピラで泡吹いて歌ってたのが、今や禅僧のような佇まいで静かな曲を歌ってる。

(最近はまたロックやってるけど)。

 

 

 

「唄下手でも堪忍やで、ウチ頑張るさかいに。(ウチはまだまだ処女やさかいに、旦さんよろしゅうおたのもうします)」。。。。

 という禁断の風情。

 

 

しかしそういう味わいも佇まいも余裕も何もないのが今のアイドル歌謡やその他の音楽だ。

 

だから、下手は下手なままでいいのよ。

 

修正すんな。

 

今1番大切な要素を捨てるな!

 

唄もドラムもピッチもタイミングも。

 

成長するんでしょ?ずーっと音楽やると決めたんでしょ!??!

IMG_5842.JPG

伝統とはなんぞや。受け継がれゆく、

​江戸前さんは最近写真にハマっております。

ひょんなきっかけでオリンパスの大衆機デジカメのPENを購入し、なんとYUIKO MIZUSHIMA AND THE BIWA INSTITUTIONのジャケやポスターまで撮影しましたが、そのPENで。そのごfujiに移行。

IMG_5834.JPG

olympus PEN E-P5によるYUIKO MIZUSHIMA (BIWA) 

 おなじく、olympus PEN E-P5によるYUIKO MIZUSHIMA (BIWA)とPearlのTOSHI 永井モデルのスネア。

 おなじく、olympus PEN E-P5によるYUIKO MIZUSHIMA (BIWA)とPearlのTOSHI 永井モデルのスネア。

しかもさらに、なんとフィルムカメラにまで手を出し始めましたよ(笑)レンズ沼は当然フィルム沼。。。

 

そのフィルムカメラは父親の遺品(まだ死んでない、つまり生前贈与)で、まぁ僕が小さいころに僕を撮る為に買ったやつだと思われます、小さなころから親父が大切にして良く撮ってた記憶があります。当時は全く触らせてくれませんでしたね。

 

そのnikon F初期型は超高級品だったらしく、今の価格だと100万近いとか??

 

ま、それをポーンとくれた訳です。レンズ三本付きで。

 

手短かに何が言いたいかというと、50年近くも前の機械が未だに動いてなんの遜色もない、という事なんですわ。

 

この、事実。

 

これはドラムにも言えます。

 

江戸前では1920年代のスネアが未だに現役ですよ(ludwig & ludwigのパイオニア)。

 

また、そこまで古くないですが、negiのジャズセット。

これは、ジャズドラマーの横山くんから大切にお預かりしてる逸品なのですが、彼が小さな頃から叩いていた想い出の品。

 

細かい話しは省略しますが、横山君の親父さんがどっかから入手してきてカバリングを親父さん自身が日曜大工的に張り替えたモノだそうですが、

 

これがホントにいい音するんですよ。

 

息子の為にドラムを仕入れて来て見た目を綺麗に復活させてあげて自由に叩かせたという「粋な親父」、横山くんは静岡の人ですが親父さんはかなり「江戸前な人」ですなぁ。

(笑)

 

 

このようにカメラも太鼓も、世代を越えて受け継がれ大切にされる。

写った写真になにかが宿る、叩いたその音にプラシーボかもしれないけど深みや郷愁を感じる。

 

こういうのが理屈ではない「画や音」の深みになるのですね。

 

現代のデジタル一眼カメラや最新のソナーのドラムセットも素晴らしいし大切にはしますけど、大切の意味が違ってくる。

 

こういう風に感じることができれば、

それは人としてまだAIとかに負けない、「人らしさ」であり、そこがアートの源流になるのではとつくづく思うわけですよ。

 

そういうモノがさらに何世代も、血縁とか関係なく受け継がれていくとそれは伝統ということはなるのではないでしょうか?

 

苦労して受け継いでいくもの。

 

 

伝統とはなんぞや、の答えの一つでしょう。

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日本の色、演奏の色

日本人にとって多くの音楽ジャンルは「舶来」だ。クラシックもジャズもロックも。。。

もちろん日本人なりに咀嚼して再構築し、自分のモノとしている音楽家も沢山いるだろうし、国際的に大きな評価を得てる人も多い。

ところでここで次の写真を見て欲しい。ネットで拾って来たものであるが。。。

貴船神社 by Alvin Huang on 500px.com

Timeless by Shawn Liu on 500px.com

 

どうだろう。確かに良く撮れて美しい写真ではあるかもしれないが、なにか不自然ではないだろうか?多分に加工しているからというのもあるが、それよりも直感的に日本人として感じるのは、これは日本の色あいではないな。ということ。

 

これらの写真は外国人が撮影したモノだが、

「まったく日本を理解してないよなー。けど、こういう解釈もあるのか、俺は嫌いだけど。。。。」

 

いや、これは解釈というより無理解だと思う。「うわべ」しか見てなく無勉強だし本質にたどりついていない。

 

音楽にもこういう事が言えるかもしれない。特にクラシックやジャズでは日本人の演奏がそういう評価を「向こうの人」からされてしまう事があるのではないだろうか。

 

もはやクラシックやジャズも国籍が無関係なグローバルな芸術ではあるけど、芸術あるが故にどこまで進化しても外せない「本質」があると思う。それをしっかり勉強して追求してきたかというのは、音楽であれ先の写真のように一発でバレる。

 

しかし!

 

先の日本の貴船神社や浅草寺の写真のような「一見美しいけどトンチンカンな色あい」の写真を日本人ですらも良く撮る。

 

もう、ここまで来ると日本人こそ日本を理解してないのではないか?としか言えない。

 

国際社会において本当に恥ずかしい国民性だと思う。

 

 

 

そうだとすれば、ね、

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身長の高いギタリストに音が細い人が多いという話しとドラムサウンド・・・

タイトルについての内容は後の方に触れますよ(笑)

 

どうして一部のドラマーは、ミュージシャンは自分の出してる音の「細さ」に気がつかないのか?

 

ドラマーに限らずミュージシャンたるや自分のサウンドで最も気にするポイントは「ヌケ」ではないでしょうか。または「パワー」だったり「存在感」?

これらは言い方は違えど似てる用語と言える気がします。

 

とにかく自分の音を際立たせたい!というのは誰でも通る道だと思います。

 

ドラムならより倍音がある、アタックのある、パワーのある(音量という意味ではないチカラのある)分離のよい楽器を選ぼうとするでしょうしそういう楽器が「差し当たり」売れやすいのではないでしょうか?

どこにあっても目立つスネア。。。

どこにあっても目立つスネア。。。

 

ここで注意しなくてはならないのは、ラーメンでもそうですが、

「どのくらいの味の濃さやしょっぱさ」が自分に適当であるか、です。

日頃、味の濃いものしょっぱいものを好んで食べている人はあっさりなモノや素材を活かしたような京料理のようなモノは物足りなく思うでしょう。

 

で、またしょっぱさや辛さというのは慣れるというか麻痺するものです。

で、ドラムですが。。。

 

ドラムの音量というのはとてつもなく大きいものです。みんな忘れてるかもしれませんが(笑)

 

レコーディングでマイクをセッティングするために屈んでたりする時、隣で普通の音量で叩かれているだけで正直しんどいものです。

(エンジニアさんが側にいるときは叩くのに注意しましょう)

 

で、多くのドラマーが日常の演奏活動と引き換えに陥ってると思われる「聴覚におけるハイの欠損やバランスの乱れ」。これがとてもその人の楽器選びに如実に関わってきていると思われます。

 

つまり、耳のハイが落ちてるからハイの特に出ているシンバルや楽器を選びがちになる、ということなのです。

その人にとってはちょうどよい「しょっぱさ」でも周りの人からみたら「しょっぱすぎ」。これが音が細いと評価されるドラマーやまたはその他のミュージシャンの「原因の一つ」であることはほぼ間違いありません。

 

「ハイが相対的に多いと音が細く感じる」のは誰にでもあきらかな事ですし、

「音のヌケ」とはハイが出てるかどうかとはまた別問題で、音が細いほどヌケてこないんですよ。

 

しかし、この音が細いかどうかというのはドラマー本人は全く気がつくことができません。なぜなら生音で自分の音と他人のドラムの音を同じ条件で聴くことは不可能だから。また、ドラムの録り音をそのまま出してくれるエンジニアも少ない。

 

リハやステージでのバランス、レコーディングのヘッドホンバランスもですが自分の音というのは心理上小さめに聴こえるという経験をした事のある人も多いでしょう。自分が聞きたいものはより大きく、つまり自分が聞きたい成分はよりデカくというバランスの取り方をする人は多いのです(特に初心者)。

 

ドラマーはただでさえ音が大きく耳を痛めやすいです。そこで物足りないからと音量を上げたりよりハイの多めの楽器を選ぶという悪循環。

ここに気をつけないとただ痛いだけのヌケない細いサウンドを繰り出すだけの演奏家になってしまう可能性があるのです。

 

ここで、やっとブログタイトルの「身長の高いギタリストは音が細い事が多い」説。をご紹介しましょう。

ギターアンプの多くは足元や高くても腰の辺りで客席へ水平に向けて鳴ってる事が多いですよね。そしてギタリストの耳は上の方にあります。

で、高い周波数の音ほど直進性が高いのですがつまり、スピーカーの位置に対してギタリストの耳の位置が高いほうが高い音域が届きにくいという状況になってるのです。で、ハイを上げ目のセッティングにしがちになる。

音が細い。。。。。。

(当然ですが背が高いギタリストは全員なんてことはもちろんありえません。 1つの傾向というか仮説です。)

座って弾くジャズ系のギタリストのアンプは比較的耳の高さの位置にあります。そんなギタリストの音は太いことが多い気がしませんか?

セミアコだからとかフルアコだから、というのもあるでしょうが。。。

 

自分の耳のハイのバランスはどうなのか?アンプ環境やモニタリング環境のハイの聴こえ方はどうなってるのか?

この辺に注意することで自分の出す音の太さやヌケを改善することの一歩が踏み出せるということをお伝えしたいですね。

 

ドラマーに限らずシンバルのチョイスだけに関わらず。。。。。

 

とにかく細い音は音楽に寄与しませんから。。。。

非常に僭越ながら苦言のようなモノwo...!

ピッチシフターおよびタイムストレッチの技術を応用したソフトウェア及び技法で、ドラムのリズムエディットをしているレコーディングエンジニアやアレンジャー等のみなさん、極端なまでにEQを多用するレコーディングエンジニアのみなさんに対する苦言。


みなさんまずは、
「ドラムの音が鳴るまでの事を1からイメージしてみてください。」

ドラムメーカーや職人が音色を研究し、様々な材やパーツを試行錯誤して楽器を開発し、製造します。

沢山のドラマーが血のにじむような努力をし自分のプレイと音色を研究し、練習します。

ドラマー本人やスタッフまたは、場合によってはドラムチューナーという専門家が素晴らしい作品を作るためにベストな音色、ベストな叩き易さの楽器をチョイスしその曲に最もふさわしい音色や倍音構成やアタック、サスティーンにセッティングします。

ドラマーが心を込めて演奏します。

そして、

あなたの手元にやってくるのです。

リズムエディットについてはプロデュースサイドの方針もあるのでその是非についてはここでは述べません。
問題はピッチシフターおよびタイムシフターを元にした技術•手法では音が変わる、音色が変わるという事です。(もしかしてそれに気がついていないのでしょうか?。)
「当たり前」ですがEQでも変わります。

やむにやまれぬ事情、またはクリエイティブな事情によりそういった技術を使うのは問題ないでしょう。
演奏のどこかのちょっとした瑕疵をフォローすることで全体の音楽のクオリティがキープされるならば。また、ケロケロボーカルを作る、等。

しかし、何も考えずに勝手にそういった処理でドラムの音色だけに限らず色んな音をマイナス方向に劣化させているレコーディングエンジニア等が非常に多いようです。(考えてない訳ではないでしょうが生ドラムの良さや特徴に重きを置いていないと言いますか。)

私は基本レコーディングエンジニアなので他のレコーディングエンジニアの仕事に遭遇する事はありえないのでこれは伝聞になりますが、こういったことは主にドラムチューナーや一部の意識の高いドラマーの方から聴くことが多いです。

彼らはリアルタイムで、今さっき心を込めて作り上げた素晴らしいドラムの音色を目の前で破壊されるという事に遭遇するのだそうです。

これは、出て来たばかりのパスタに何も考えずタバスコをドボドボするような行為に例えられますし、ケーキに醤油を掛けるようなモノなのです。
お客の立場でどういった食べ方をしようがまぁ勝手なのですが、この場合問題はウェイターのような立場である人間がシェフから出された料理にコレをやってしまってるという事です。(こっそりドラムサウンドをサンプルに差し替える行為もしかりです。)

どうしてたかがレコーディングエンジニア程度の人間、時にはなんとアシスタントつまり丁稚のような人間にこのような音楽の破壊行為をする権利があるのでしょうか?(そう、全く信じられませんがエンジニアやアシスタントの勝手な独断でそれをやってる事があるのです!)
あなたには真の意味の音の良し悪し、楽器の音の良し悪しがわからないのですか?またはそう誤解されても仕方がないのではないでしょうか?

ボーカルの過度なピッチ修正しかりです。これも勝手にやるなや!(※ピッチ修正過剰問題を昨日考えさせられたのでみなさんにわかりやすい「ドラム」に置き換えて考えてみた。)

 

しかしながら実はそういった仕事の仕方を容認するカタチになってしまっている制作サイドやミュージシャンの側にも大きな責任があります。どんなエンジニア•スタッフであれ現場の音楽を「悪くしてやれ!」なんて思ってるという事はありえないはずなのにです。
つまり、「エンジニアさんがやってる事だから」悪いから言えない、という事はありません。

『こんな音じゃない』『自分の出してる音に聞こえない』『音がいつものイメージと違う』。。。等々言えば理解してくれると思います(実現してくれるかはまた別ですが)。いい音を皆が目指しているはずなのですから。。。

日本の音楽が、特にこの場合ドラムサウンドが本当に「ダメ」なのは(ダメな率が高いのは)こういう事情やそれぞれの立場を過剰に忖度した仕事の仕方にもあるのだと、これだけは想像できます。

本当に哀しい事です。

音や音楽を扱う人間は、こういった基本的人権のような生の奏者の音をもっと大切にしなくてはなりません。

機材やスペック、ましてやハイレゾだのなんだのそんな事よりまずは基本的な音と音楽の扱い方を大事にしていただけないでしょうか。

そうすることであなたの中の極々個人的な「レコーディングス技術」や「ミックス技術」「音質」は見違える程に良くなると思いますよ!。

ドラムレコーディングとその他のレコーディングなら江戸前スタジオ!
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シライキートレヴュー『耳クソが取れた気持ちよさ!』

梅雨明けイコール夏本番イコールビール。。。
皆さん、実践してますか?


『耳クソが取れた気持ちよさ!』


さて本日のブログはですね、梅雨も明けたってことでなんと「シライキート」をレコーディングにて使用させて頂いた感想を、僭越ですがちょびっとだけレポートさせて頂きます。
(江戸前では6月初頭、数日間18インチのkeetセットをお借りしレコーディングやその他で使い倒させていただきました。)

「シライキート」。
そのルックス、そして価格など皆さん良くご存知でしょう。
そして、サウンド。
多くのドラマーさんが叩いてレポートしてくれてると思いますし、実際に購入された方試奏された方も沢山いらっしゃると思うので
一般的な感想はここで述べる必要はないかと思います。


しかし、一点だけレコーディングエンジニアの視点での感想を書いてみたいと思いますね。


まずはそのkeetのレコーディングされたサウンド、お聴きください

演奏はジャズドラマーの紺野智之氏です。
使用スネアもkeetです。

もちろんNO EQ NO COMPでございます。


さて、どうでしょう??
シライキート、


。。。。。。。



周波数特性が無茶苦茶広い。。。。。



これです。

具体的にいうと、

無茶苦茶ハイが出ている、いや(出てると書くと誤解を招くかもしれない)、超高域方向に伸びている。
これを一番感じましたね!。

つまり、、、

こういうことです。

こういうことです。

こうじゃなく、

こうじゃなく、

こうです。このグラフは数値含めあくまでイメージです。

こうです。このグラフは数値含めあくまでイメージです。

シライさんが掲げてる製品のコンセプトは、PA等を使わないアコースティック環境でいかに良いサウンドであるか。
という事だったと思いますが、


なるほどです!


超高域のハイ成分というのは一番吸われやすい音成分で、会場の環境とかにも吸われますし(もちろん反響することもありますが)、ステージ上の楽器の他の音成分に吸われるというか、マスキングされるのです。




そこが充分に(グラフの右方向に)伸びているということは、他の楽器に埋もれた時にトーンの艶やかさやヌケが保たれやすい、という事なのですね。
ましてやそのハイ成分をPA的に補完できない環境で使用するとなると尚更です。

この潤沢なハイ成分というのはkeetの豊かに伸びるサスティーンと相まって、他の楽器と混ざった時に「太鼓らしさ」「太鼓の音の素晴らしさ」そして「プレイヤーの意図する演奏」をお客さんに伝える大きな手助けをしているのですね。


江戸前的に最も驚いたポイントはこれです。

まるで『耳クソが取れたかのように伸びるHIの気持ちよさ!』

これにつきます。



ある意味真のハイレゾともいえる、かも知れない。



最後にドラマー紺野智之さんのジャズトリオ「wraptics」の演奏でkeetのサウンドをお聴きください。
アンサンブルの中での艶やマスキングとかの意味を少しは感じていただけるかと思うんです。

シライミュージックの白井としみつさん、紺野さん、オルガンの西川直人さん、ギターの鈴木大輔さん、
ありがとうございました!
皆さん夏バテに留意してくださいね!

以上初出 2015 . 7/22 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

というわけで、keetの音は過去のBLOGに書いた

いい音その1   http://www.edo-mae-recordings.com/blog/2017/6/7/k5lygi2z33scthdrmv8ah3n3a1o4i7

に当てはまり、さらに

いい音その2  http://www.edo-mae-recordings.com/blog/2017/6/8

で述べてる内容にも近く、さらに

いい音その3  http://www.edo-mae-recordings.com/blog/2017/6/13

そのものであると言えましょう。

※このkeetの楽器の特性についての考察を補完し、さらに理解をしやすくするBLOGも近日中にUPしますね!!!(2017 . 7/5 エドマエさん)

 

 

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Erinne Scarlet 発売!

こんにちは。ブログ「いい音とは」シリーズいかがでしたでしょうか?ここで、江戸前プロデュースCDのお知らせです。

 

「時間をかけて丁寧に作られた12味のオリジナルラヴソング。結局全部好きになった。嫉妬するくらいイイ。

久住昌之

(マンガ家•音楽家、「孤独のグルメ」作者)

IMG_4574.JPG

去年の秋から8ヶ月掛けて12曲を収録した吉祥寺在住のJシャンソンのピアニストでシンガーソングライター、藤木えり-ErinneさんのCDが先日発売になりました!今時ホントに贅沢に完全生録音を拘り抜いた作品です。

 

江戸前といえばまずは絶対妥協のないドラムですが、元judy and maryの五十嵐公太さんや今若手ロックドラマーNo.1の黒猫チェルシーの岡本くん、はたまたもちろん江戸前ループからの神田リョウまで、総勢5名の全くスタイルの異なるドラマーを江戸前にて完璧なサウンドで収録!(ミックスのアプローチも多彩に)

 

グランドピアノを含めた他の全てのパートはなんと全てErinne本人の自宅スタジオにてレコーディングしました。(←江戸前より広いという(笑))

 

ドラムのキットマイクにはもちろんですが、それ以外のほぼ全てのパートもリボンマイクのみで収録しているというアグレッシブさ。(歌数曲の弾き語り同時録りのみBeta57を使用。また、パーカッションなど同時に本数が必要なモノは他も使用してますが。)

 

とまぁ、エンジニアリング的にも地味ーに挑戦的な事をやっております。

 

他総勢参加ミュージシャン24名、ストリングスパートの皆様や世界的なアコーディオン奏者の桑山哲也さん、薩摩琵琶の水島結子さんまで参加頂き、また、江戸前さん必殺クイーン並みの多重コーラスも各曲で聴けます(笑)。なんとまぁ変幻自在なサウンドになっていますこと。

 

特に神田リョウのEDOMAEループを贅沢に使用したトラックはかなり最新で濃厚なローエンドでDoopなビートトラックです!自画自賛

 

アレンジはもちろん、エレクトリックベース全曲(モータウンサウンドから5弦フレットレスまで)、多重コーラス、ストリングアレンジ、録音ミックスマスタリング果てはジャケットデザインまで「全て」やらせて頂きました!

Erinneは国立音大でピアノ(主にフランス印象派モノ)を学び、その曲作りにはその和声感が多く活かされ、また彼女はクリスチャンですがメロディーやアレンジにもかなりポップナイズされたカタチでその精神的な影響を散りばめました。特にコラール調なコーラスですね。

同じく僕の完全プロデュースの琵琶バンド、YUIKO MIZUSHIMA AND THE BIWA INSTITUTIONは仏教的世界観を具現した曼荼羅のようなサウンドでしたので、それとは全く違うサウンドになっています。江戸前さん仏教からキリスト教まで振り幅広っ。

そういうこともありセットで是非みなさんに聴いて頂きたいです。

 

今時めずらしいプロダクションやスポンサー無しのガチの完全自主製作のErinneさん。お金掛かってますよー。スタジオ代ほぼゼロなのにかかわらず(自宅スタジオだから)。しかし、サウンドはもとよりアレンジからミュージシャンの選定、ミックスマスタリングまで妥協一切なしで、一聴してゴージャス感が溢れてます(笑)(そういう風に作った)。

 

彼女の一生涯に渡って自信持って売り続けることのできる「稀有な音楽作品」となりました。是非みなさんお買い上げ下さい!(笑)

 

なお、発売はあえて全国流通をさせておりませんのでお買い上げはこちらからどうぞ。

 

https://erisong.thebase.in/items/6912609

 

7/29には黒猫チェルシーの岡本くんを迎えレコ発ワンマンも決まっています!

 

「いい音の5パターン」の集大成なErinneのScarlet、気になる方は要チェゲラッチョ。

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いい音とはその5とまとめ。

いい音を探る旅最終章。

4回にわたりまして考えてきた「いい音とは何か?」

今回はひとまず最終回です。

いい音のおさらい

自然界のゆらぎにあふれた「自然音」。

ひたすらハイスペックに拘った「高品質なオーディオ音響特性の音」。

「素晴らしいその楽器としての音色」。

「その音楽にふさわしい場所や状況を想起させ、その音楽が最も美しく聴こえるように処理された音」

この四つをみてきましたね。

最後「いい音とは」の総まとめ的な「いい音その5」

それは

「あなたが好きな音、目指す音、欲しい音」

です。

IMG_4543.JPG

特にレコーディングやミックスという事に限定していうと全くもってこうなるとしか言えませんし、それが結局一番尊い。。。

みんな好きな音にしたくて、自分の奏でる音が一番素敵にかっこよく、アグレッシブに聴こえるように作品を仕上げたい。また、大好きなあのCDの音のようにしたい。

そういうのがあるはずです。

それが「いい音」。

ただし、この各人がそれぞれ持っているいい音というのは本人の経験によってどんどんアップデートされてゆきます。

たとえば僕なんて小学3年くらいに音楽に目覚めたのですが、家のオーディオのアンプを低音-10高音+10(つまり振り切りのキンキンスカスカ)にしたのが一番いい音で気持ちがいいと思ってました(笑)。

また、ベースなども弦が新しくてマーカスミラーみたいな音が最高で、ジェームスジェマーソン?なにそれ音わる。汚!って思ってましたし、

スネアのダスってのやバスドラのドーンて音も「だっせーーー!」スネアはやっぱスパンスパンいっててキックはバチバチタイトなやつ最高!←ありがちすぎる。

と、思ってましたもの。(笑)

今はそんなことは思いません。というかそういう音の良さも経験的にわかるけどもそれだけではないし、むしろその音なんてドラムのいい音の数パーセントにも満たないと思うわけです。

つまり「その音がいいという気持ちは良くわかります」

という感覚。(笑)

ただ、世の中の色々な音楽や表現、様々な演奏家ミュージシャンに接するにつれ、いい音というのは沢山あって、しかし、大海原から一本のボトル、そういい音の入ったボトルを探すくらい大変でもあるという事に気がついたわけです。

それを探す事が演奏家やクリエイターにとっての自分探しでもあるし、表現活動でもあり生涯追い求めることであるのだろうと。

先に提示した4つの「いい音」はあたりまえの常識的な考察でしかありません。

あとは、自分の音楽にとっていい音とは何か?どの楽器をどう奏でるべきでどうそれを身につけるか。

そして、レコーディングするならそれをどう録ってミックスすべきか、プロデューサーやエンジニアにどう伝え理解してもらうべきか、そしてまたそれを伝える訓練だったり感性を磨く事ができるか。

そこに最後はたどりつきます。

なので、いい音が何かわからなければ、手っ取り早くは最初の4つを見つけて聞き込み(なんなら教えます(笑))、

さらに5つ目の自分にとってを探す旅にで出掛けましょう。

先の4つについてはものの半年もあれば理解出来るはずです。

「真のいい音というのはその四つの複合体なのですよ。」

そして、その4つを理解できていようといまいと江戸前さんといい音を徹底的に話し合い、議論し、試行錯誤して一つの曲いや、作品を作ってみませんか?

売れ線な音、売れ線な処理、流行りの音像、「音というのは」それだけではないと思うよ、

と、

いう結びになるのでございます。

モノから立体まで、

ハイファイからローファイまで、

琵琶からロック、ジャズ、クラシック、メタル、歌謡曲まで。

幅広い様々ないい音があるよー!

一緒につくろう!

(笑)

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メタルのキックのヒント!

エドマエの考えるいい音シリーズ、NO.5はただいま執筆中であすにはUPします、が、ここでお茶を濁す訳ではありませんが、ひとつバスドラサウンドのヒントを。

 

幅ひろーく『メタル』という場合の基本のキックサウンドは、アタック感と分離そしてローのタイトさでしょう。それと実はもう一つのポイントがあり、それは「バスケットボールサウンド」と呼ばれるトーンをどれだけ生かすか!というのが大事であると言う事です。 
バスケットボールサウンドとは某メーカーの方がたが使ってる用語ですが、ノーミュートの時にマイクを穴から突っ込んだ場合に得られる独特の筒内反射によるトーンの事をさします。(マンホールの中のそれ)

一般のジャンルのキックサウンドではむしろ汚いサウンドになってしまう事の多い「要素」なのですが、一部の特徴的なメタルのキックには不可欠な音色で、ただミュートしてアタック出して分離良くしたのでは得られない深みを出せます。

ただし、このバスケットボールサウンド、ミュートとは相反するので、かなりの精密なチューニングとセッティングが必要になります。
ヘッドの選定ももちろんですが、ビーターの選定など重要ポイントは多いです。
ちなみにツーバスはツインペダルワンバスのほうがいいとも言われますね。
チューニングの左右誤差を無くす意味もありますが、次ショットした時に直前の音が確実にミュートされますから。

topマイクの立て方も重要です。被りすぎずしかもバスドラの艶の部分はしっかり押さえなくてはなりませんし、低域位相も難しい問題です。

mixで単にアタックと分離だけに拘って事後処理をしただけでは到底あのような音にはならないですね。(江戸前としては、ここはあえて『音源sampleを貼付ける手法』は無視していますが。)

結局元音。コレに尽きるのが生ドラムの醍醐味ですね。

(音を差し替えるのがもの凄く一般的ではありますが。このジャンルは。ソレがジャンル感と時代感、だと思いますけれども。)

初出 2014.6/10
 

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ピーキーな痛い音って何?ドラムをヒントに考える。

コージーパウエルの遺品のset........

コージーパウエルの遺品のset........

打楽器に限らず「音を鳴らすための物体」にはその振動の限界値というか飽和値ってのがある気がします。ベースでもこれ以上強くピッキングしてもあとは音が引っ込むだけみたいな限界点。

例えば、ドラムのショットやピッキングを『コンクリートに鉄球を当ててどれくらいの力でぶつけると、振動音だけの状態を越えてコンクリートが破壊されるのか?』と考えてみましょう。
楽器にも実際に破壊はされずとも振動の限界値がある。それは振動体としての限界値かもしませんし、それを拾ってる側のマイクやピックアップの限界値かもしれませんし、耳の限界値かもしれませんが。
簡単に言うとそれぞれ楽器には『鳴らし切る』為の適性な強さってのがあるわけです。ドラムでいいますと、その楽器の振動特性に対してどんな強さでどう叩くかでサウンドが決まってきます。

そこらへんがなんか実は色んなドラムメーカーの個性というか、特性のモトなのかなと最近思い始めました。例えば、泣く子も黙るソナーなどは音がデカく、パワーへの柔軟性も広い印象ですね。
ただしそれも適性なショットをしなければ生きてこない部分もある。様々なメーカーの色んな機種、しかも色んな状態のモノの適性を瞬時に判断して、ふさわしいショットで叩いてるドラマーさんが常にいい音を出してるのかな?と思います。
楽器はちがいますが、持ち運びが不可能なピアニストなどはその最たるものでしょう。
(ベンフォールズは持ち運んでるってか?ホロビッツは持ち運んでるって?知るかwww 次元が…..w)

どこかにピークのある特性のスネアがあるとすると、そこを越えたとたん耳やマイクではそのポイントから歪み出しますから、ピーキーなスネアほどショットに気をつけるべきなのかな?と、ドラムを完全客観視できるドラムを全く叩かない僕などは、意外とドラマーさんを見ていて聴いていて、感じるポイントでもありますね!
例えばキンキンカンカンでスカスカな感じの音なスネアがあるとして、それはもしかしたらもっと優しいショットの方がいい音がするのかもなー、と思ったり。
そのへんの見極めがドラマーさんには大事なポイントなのかも、しれません。

とにかくスネアでもシンバルでも手に返ってくる感触といいますか、身体感覚的な『叩いてる感』だけで叩くのは危険です。
また、多くのドラマーは耳の高域が落ちてるはず。耳の悪い人は音色バランスが崩れていてやたらHIを上げたがったりしますが、スネアやシンバルの好みの傾向も、そういった要因が間違いなくあると見ています。

それは全くドラムを叩けない叩かない僕であるからこそ言える部分だ、という勘違いした自負に襲われているわけです(笑)

初出 2014 6/12

 

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